フランスが日本以上に歴然とした学歴社会であることを象徴するような裁判が始まろうとしている。フィリップ・ルブラン被告は、建築士の免許があると詐称し、1983年から30年にもわたり「開業」していたとして、ヴェルサイユ地裁で詐欺の罪に問われた。公判前の措置を決定する釈放・勾留判事からすでに自宅と50万ユーロの差し押さえを命じられている。
被告はリメー市の学校や公共住宅、マント・ラ・ジョリ市の総合病院など2009年から2013年の間に43件もの入札案件を手がけ、約94万ユーロの収入を得ていた。しかし、2012年に住宅工事を依頼していた医師が被告の名前を建築士会名簿で探したものの見つからなかったため、お節介にも警察に通報したところ、資格詐称が明るみになった。
よくある話ではあるが、何より興味深いのは事件そのものよりも、メディアや世論の反応だろう。ネット上の一般市民のコメントには「免状だけのペーパー建築士よりもマシだ」、「学歴がないとはいえ、公共工事を落札するのは相当な技量だ」といった好意的なものもみられる。その一方でパリジャン紙をはじめとした日刊紙やテレビの論調には、被告を「Faux architecte(偽物建築士)」や「Imposteur(詐欺師)」と露骨に非難する表現が目立つ。
たしかに「エリート主義VS学歴不要論」といった議論はどこの国にもあるが、フランスでは学歴(ディプロム)が他の国よりもかなり重視されているゆえに、このふたつの立場の溝は深い。
フランスではおよそ3万人が建築士会に登録しているが、建築士となるには建築学の修士、つまり5年の学歴がなくてはならない。弁護士によると、ルブラン被告は学士までは修了したものの、その後は施工管理主任としての仕事が忙しくて授業に出られず修士号を取れなかったという。日本も学歴社会だといわれているが、その日本にですら、たとえば11年間の実務経験があれば一級建築士試験を受験できるように、確かに遠回りになるが大学に行けなくても建築士や弁護士などになる道はある。
1月中旬に予定されていたルブラン被告の公判は6月に延期になった。一体どんな判決が下るのだろう。
日本でボクサーをしながら独学で建築を学んだ安藤忠雄や、スイスの時計職人の装飾学校しか出ていないル・コルビュジエといった外国人の巨匠たちの作品がフランスにはあふれているが、悲しいかな、この国からは彼らのような、たたき上げの鬼才が生まれてくることは決してないのだ。(康)