パリ北駅近くにある「インド人街」は、エキゾチックな雰囲気があふれる。行きつけのサンドイッチ屋のスリランカ出身の主人によると、「インド人街」とひとくくりにしてしまうのは妥当でないという。ヒンドゥー、タミル、パキスタン、チベット、バングラデシュなど様々な宗教や民族の人々が共存しているからだ。彼は、丸い文字が並ぶ色鮮やかな新聞を読んでいた。フランスとイギリスに住むタミル人たちのフリーペーパー〈エーラムラズ〉だ。
タミル語はおもにスリランカに住むタミル人、そしてインドやマレーシア、シンガポールでも使われている。
スリランカの政治経済の実権は、人口の74パーセントを占める仏教徒のシンハラ族が握り、ヒンドゥー教徒のタミル人は17パーセントの少数部族。戦後は長い民族対立が繰り広げられた。特に1993年にタミル族の自治をみとめる連邦案が却下されてから抗争が激化、軍による弾圧で犠牲者が増え、多くのタミル人が国外に逃れた。
現在フランスには約10万人、イギリスには30~40万人、カナダには50~60万人ものスリランカ系タミル人が暮らしている。
フランスとイギリスに50万人の潜在読者をもつという週刊〈エーラムラズ〉誌。10区のペルドネ通りにある編集部をたずねた。 「ワナッカム(こんにちは)!」
「僕も10人いるスタッフも、別な仕事で生計を立てながらのボランティアです」と言うのは代表のゴビラジさん。雑誌は会社ではなく協会組織として運営され、おもに広告収入で維持されている。毎週4万部がイギリスで印刷され、ユーロスターで運ばれてくる。表紙に「0.3ユーロ」と記されているが、書店で売れた場合の店の取り分で、ほかの場所では無料で配っている。リモージュ市やトロワ市など、フランスの地方都市にも大きなタミル人コミュニティーがあり、食材店などが有効な配布場所になっている。
〈エーラムラズ〉はタミル語で「異国の太鼓」という意味。その昔、太鼓を持った伝令使がニュースが広めたことに由来する。紙面は、スリランカの内政や国際情勢、スポーツのほか、地元パリ10区の区役所のお知らせなどからなる。
いまや移民2世たちが医者やエンジニアとして社会で成功しているが、家族や伝統との結びつきも強いという。9月1日のヒンドゥー教のお祭りもコミュニティー内の慶弔も欠かせぬ話題。
興味深いのは、年ごろの娘を持った家族の「お婿さん募集」広告だ。結婚に対する家族の影響力は大きく、フランスで結ばれるカップルの95%はタミル人同士。一種の「お見合い」の習慣が残っており、この雑誌は、お婿さん候補を広く探すのに役立っているという。
写真を撮らせてとお願いすると、「それだけは勘弁してくれ」とゴビラジさん。現在のスリランカ政権にとって反体制派である彼ら。顔写真がおおやけになるのは好ましくないとのこと。自分たちの言葉で書くことにも、大きな危険がともなう現実を彼らは生きているのだ。 (康)
●ゴビラジさんのおすすめスポット
Publicis cinémas : 129 av. des Champs-Élysées 8e
M°Charles de Gaulle-Etoile
タミル映画を定期的に上映している映画館。ゴビラジさんは「Bollywoodよりタミル映画の都チェンナイのKollywoodの方がスゴイよ」と言う。