有名サッカー選手らが未成年買春の罪に問われた裁判で、破棄院は、憲法評議会に法律自体の違憲性を審議するよう要請したため、裁判は中断となった。もし評議会が違憲との判断を下せば、法律は無効、被告は無罪となる。サッカーにたとえるなら終盤戦に逆転のチャンスをつくったといえるのが、被告弁護人のひとりシルヴァン・コルミエさん。弁護士登録をしてわずか10年で、無罪判決を7件も獲得している刑事訴訟専門のリヨンのすご腕だ。
面白い経歴の持ち主である。帝政ロシアのシンビルスク(レーニンの故郷)の郡長を祖先にもち、幼少期はアルジェリアなどで過ごした。母親が数学教師ということもあってか、大学では数学科に入学するが、バンドにのめり込んで中退。すると徴兵にとられて精鋭の空挺(くうてい)部隊に送られる。「最初は嫌だったけど、除隊する頃には隊の誰よりも降下訓練を多くこなしていた」という。7月14日の革命記念日にシャンゼリゼを行進したこともある。その後大学に戻り、今度は法学部で弁護士への道を目指す。しかし日本の司法試験と同様、フランスでも弁護士になるのは容易なことではない。合格したときは30歳を越えていた。だが刑事弁護に必要なのは論理と雄弁、そして体力だ。数学→バンド→空挺部隊という遠回りは「無駄ではなかった」という。登録1年目でアラブ諸国の弁護士とネットワークを組織しようと、パレスチナの故アラファト議長に会いに行ったり、戦時下のバクダッドにも入っている。
2012年には冤罪(えんざい)立証活動を行っているアメリカのNGO〈イノセンス・プロジェクト〉のフランス版を立ち上げた。「戦後アメリカで見つかった冤罪は1千件、フランスではたった9件。これは官憲が完全であることを意味しない」とコルミエさん。大学教授や学生、定年した判事や検事、警察官が一丸となって冤罪とおぼしい事件を洗い出し、再審決定や潔白証明を勝ち取るために綿密な検討を重ねる。「冤罪は判事と検事だけの責任ではない。場合によっては弁護士にも被告自身にも責任はある」という。人間は誰しも過ちをおかす。だからアフターケアが取れる体制が必要なのだ。
新米弁護士には歴史上の有名人を被告に見立て、一般の聴衆の前で弁論の技を競うという伝統的な通過儀礼がある。コルミエさんは誰を弁護したのかと聞くと、「ドンキホーテさ!」との答えが返ってきた。(康)