カンヌ映画祭で初のコンペ入りを果たしたアルチュール・アラリ監督。新作『L’INCONNUE』は現地で驚きと当惑を巻き起こし、受賞は逃した。しかし7月上旬、本作は独自の芸術性を持つ作品に授与されるジャン・ヴィゴ賞を、リベンジのように受賞。思えば、カンヌの「ある視点」部門に出品されるも無冠、のちにルイ・デリュック賞を獲得した前作『ONODA 一万夜を越えて』と、似た流れをたどっている。

カフカ的な幕開けだ。巨大なパーティ会場で、アマチュア写真家のダヴィッド(ニールス・シュナイダー)は、謎めく女性(レア・セドゥ)に惹きつけられ、体を重ねる。数時間後、目覚めたら女の体になっていた。
ジャンルで言えば「ボディスワップ(肉体の入れ替わり)」もの。『転校生』や『君の名は。』などが有名だろう。しかし、本作はこれまでの同ジャンル作品に比べ、アイデンティティ喪失への実存的不安にとことん向き合った。アントニオーニの 『欲望』的な不条理の色気をまといながら、ジャン・ヴィゴ賞に値する未知なる映画的探究を、愚直に推し進めるのだ。

原作は、アラリ監督の弟で漫画家のルカ・アラリによる『Le Cas David Zimmerman』。兄弟は互いの作品の共同脚本も務めている。
主演俳優二人にとっても、アイデンティティの境界に挑む経験になっただろう。イケメン俳優のシュナイダーは、体重を落とし、ホームレスと見まごう風貌で登場。筆者は最後まで彼だと気が付かなかったほど。セドゥは出産直後で撮影に参加。これまで映画史が隠してきた“母親の肉体”で堂々と登場したのは画期的だ。
万人向けの映画ではない。が、歯応えのある作品に埋没したい人にお勧めしたい幻惑的な2時間19分だ。(瑞)

