
12日間の映画マラソンを終え、第79回カンヌ映画祭は無事に閉幕へ。期間中、フランスでは新メディア王と言える保守実業家ヴァンサン・ボロレの名が報道で飛び交っていた。ボロレによるCanal+の支配への抗議として映画人が公開レターに署名したことで、カンヌでも映画でCanal+のロゴが出ると、ブーイングが起きるように。ただし、本件は映画祭全体を揺るがすほどのダメージにはならず。今年は大きなスキャンダルは回避できた年だろう。
最高賞パルムドールはルーマニアの巨匠クリスチャン・ムンジウ監督の『Fjord』に輝いた。ムンジウ監督は『4ヵ月、3週と2日』(2007年)に続いて2回目のパルムドールに。しかも、本作はキリスト教の団体が選出するエキュメニカル賞、国際映画批評家連盟賞、人道的な映画を表彰する市民賞、ジャーナリズムの価値を称えるフランソワ・シャレー賞と、数々の独立賞まで手中に収め、圧倒的な強さを見せた。
『Fjord』はルーマニアからノルウェーにきたキリスト教徒の家族が、進歩的な北欧の地で児童虐待を疑われ、社会福祉機関に子どもを奪われるドラマ。筆者はフランスで似たような話を聞いたことがあるので、妙に生々しく感じられ、ホラー映画より恐ろしく感じた。価値観が衝突し、他者に不寛容となる時代に、生まれるべくして生まれた作品だ。

2席のグランプリは『Minotaure』。ロシアから亡命し、現在はフランスに住むロシア人アンドレイ・ズビャギンツェフの監督作だ。クロード・シャブロルの1969年の傑作『不貞の女 La Femme infidele』を部分的にリメイクしながら、戦時下である現在のロシアを舞台に、崩壊の危機にあるブルジョワ階級の夫婦を見つめた。
本作のように戦争を題材にした作品が多いのも、今年のカンヌの特徴のひとつ。ズビャギンツェフ監督は授賞式の壇上から、「何百万人もの人々が惨劇の終結を望んでいる。この虐殺を止められるのは、ロシア大統領ただ一人」と、プーチンに向かって直接訴えた。
監督賞はスペインのハビエル・カルボ&ハビエル・アンブロッシ監督『La Bola Negra』と、ポーランド人パヴェウ・パヴリコフスキ『Fatherland』のW受賞に。

俳優賞もまたW受賞だ。男優賞は、ルーカス・ドン監督の『Coward』で主演を務めた二人の俳優、エマニュエル・マキアとヴァランタン・カンパーニュに授与された。
一方女優賞は、濱口竜介監督の『急に具合が悪くなる』のヴィルジニー・エフィラと岡本多緒に送られた。本作は哲学者・宮野真生子と人類学者・磯野真穂による往復書簡から生まれた作品。偶然出会った日仏の女性が、深い絆を結んでゆく過程を丁寧に追ったドラマだ。

授賞式の壇上でエフィラは、「『テルマ&ルイーズ』はあるけれど、2人の女性が映画の主役を務める映画は少ないです」と、今年のカンヌのポスターだった『テルマ&ルイーズ』と絡めてコメントをした。岡本多緒は日本人女性として初めて女優賞受賞に。今後、フランス映画界からも注目の存在となるだろう。
さて、今回は珍しくハリウッド作品が不在で、スターも少なめの年に。コンペにはかろうじて2作のインディペンデント系のアメリカ映画が選出されたが、受賞は逃した。なかでも作品の評判がよく、今回で6回目の挑戦となったジェームズ・グレイの無冠には同情の声も。カンヌでいつも受賞を逃すため、「アメリカのアルノー・デプレシャン」などと呼ばれていた。次も懲りずにカンヌにきてくれれば良いのだが。
例年に比べ心を鷲掴みするほどの傑作が少なく、華やかさも控えめで、フランス的に言えば、「petit cru
やや不作の年」の印象が。とはいえ、日本勢も爪痕を残せたし、主要賞に食い込んだ秀作にも心を奪われた。来年のカンヌは80回目の大きな節目を迎える。(瑞)
