
心理サスペンスの傑作『ありふれた教室』(2023年)が世界的な評価を受けたトルコ系ドイツ人、イルケル・チャタク監督の長編第5作。先のベルリン国際映画祭ではダークホース的に金熊賞に輝いた。「映画と政治は別」発言の切り取りから論争の的となった審査委員長のヴィム・ヴェンダースが、コンペ作の中でも極めて政治色が強い本作をあえて最高賞に選ぶことで、自身に向けられた批判や誤解を抑える狙いもあっただろうか。とはいえ、一見に値する力作には違いない。
妻デリヤと夫アズィズは高名な芸術家カップル。夫の演出作品を妻が主役で演じ、満員の国立劇場はスタンディング・オベーションに沸く。だが、デリヤは会場に現れた知事を避けるようにそそくさと帰宅。通りでは平和を求める抗議デモが吹き荒れる。アズィズは授業中、学生にデモの参加を促した。ほどなく夫婦は政府に睨(にら)まれる存在に。住居もアンカラからイスタンブールに移し、再出発を図るが……。「イエローレター」とは政府が送る解雇通知の手紙である。
閉鎖的な空間の学校を凝視した前作から一転、今回は外界との壁を切り崩すように、トルコの2都市をまたいだダイナミックな物語を構築。特筆すべきは、実際にトルコで撮影はせず、映画そのものを「亡命」させたこと。この映画的な仕掛けが、本作を凡作から救った。ベルリンはアンカラ、ハンブルクはイスタンブールに重ねられ、街も俳優のように「アンカラ役のベルリン」などと紹介される。

鋭い人間観察眼が支える緊張感で最後まで引き込まれる。言論弾圧の可視化の試みであるのと同じくらいに、夫婦、思春期の娘、祖母間での価値観のズレも容赦なく生々しく見せる家族ドラマになっている。(瑞)
