ル・モンド紙と国営ラジオのフランス・アンフォは10月9日付電子版で、切り花や観葉植物に付着した農薬を妊娠中に体内に吸収した花屋勤務の女性の娘が白血病で亡くなった件で、女性が賠償金額を不服として訴えた裁判が始まったことを報じた。
ロール・マリヴァンさんの娘エミーさんは4歳で急性リンパ性白血病と診断され、手術や化学療法、入退院を繰り返しながら2022年3月に11歳で死亡。ロールさんは2004~08年は花屋で、08~11年は花の卸売り会社で働き、オランダや東アフリカ、南米から輸入された農薬処理された花を、特別な防護策なく長年扱ってきた。ロールさんは、同僚が流産したり、子が神経発達症にかかったり、筋萎縮性側索硬化症(ASL)、がんなどで40~50代で亡くなるなどの数十例を耳にしてきたこともあり、エミーさんの病気の進行とともに自分の職業との関連を疑い始めたという。
ロールさんは農薬被害者協会の助言のもと、2022年2月に農薬被害者補償基金(FIVP)に損害賠償申請の書類を提出。エミーさんの病気は農薬が原因であると23年7月に認定された。FIVPから農薬被害を認定されたのは花関係の職業では初めてで、未成年者としても初めてだった。ところが、損害賠償額は親族の受けた損害を補償するのみで親1人当たりわずか2万5000€。両親はエミーさん自身が受けた苦痛も考慮されるべきで補償額が少なすぎるとレンヌ控訴院に訴え、10月9日に裁判が開始した。2020年設立のFIVPでは過去3年間の約2000件の補償申請のうち花関係の職業に関するものは10%以下で、花の農薬のリスクはいまだによく認知されていないという。ロールさんの提訴は花の農薬汚染の危険性について周知するためでもあるそうだ。
農薬被害者協会によると、フランスで販売される花の85%は外国産であり、EU域外の国々の場合はEU規制が適用されない。2021年の環境擁護雑誌の調査によると、花の栽培や保存に使われる農薬は200種類以上あり、うち93種類はEUで使用が禁止されているものだという。食品とは違い、花など鑑賞用植物には残留農薬に関する規制もない。ベルギー・リエージュ大学による花関係の職業人42人を対象にした2019年発表の研究によると、バラ、菊などポピュラーな花、そしてそれらを扱う花屋の手からは100種類以上の農薬が検出され、その尿からはEUで使用禁止のものも含む70種類の農薬が検出された。同大学の研究者は、ほぼ毎日かつ終日、花の農薬にさらされている花屋は農業従事者よりも農薬被害のリスクが高いとする。
花の栽培と流通の盛んなオランダの市民団体は2022年2月、EUで禁止されている農薬を使った花や観葉植物の輸入を禁止し、残留農薬の基準を設けるようEU委員会に訴えたが、加盟諸国の反応は鈍く規制を促す動きはなかった。仏農業相は2022年11月に上院議員の質問に答えてこの件に言及しているが、その後、規制を設ける動きはなかった。美しい花や植物の陰に隠れた農薬の危険性をもっと周知し、それに携わる人々を保護する対策、EUや仏の対策も早急にとられるべきだろう。(し)