リモージュから西に30㎞。サン・ジュニアンは革手袋の都だ。昔は羊や山羊の放牧が盛んで、11世紀から皮なめし業と手袋製造の中心地になった。手袋製造企業は1960年代には120軒余りあったが、現存するのは3軒のみ。ジョルジュ・モラン(844号参照)、エルメス(1998年~)と、今回訪れたアニェル社で、3社とも無形文化財企業 (EPV)のラベルを授与されている。
11世紀築ロマネスク様式の教会など中世の建物が残るサン・ジュニアンは、落ち着いた雰囲気の小さな町だ。その中心地にあるアニェル社は、1937年にソフィー・グレゴワール現社長の曽祖父が設立。娘のマリー=ルイーズさんの時代は米デパートの下請けで革手袋を作っていたが、その娘ジョジーさんが65年頃からディオール、YSL、ランセルなど数々のメゾンと契約。クリエイティブで高品質の革手袋で知られるようになるとともに、自社ブランドの製品もつくるようになった。
女性3代目のソフィーさんは88年にフィリピンにアトリエを設立し、99年に米企業に売却された自社を1年半後に買い戻したという辣腕経営者だ。母親の方針を継いで、多数のメゾンのデザイナーとのコラボレーションに力を入れる。2001年にはギャラリー・ラファイエットで展覧会が開かれ、東京のBunkamuraでも1999年に 「パリ・モードの舞台裏」展で取り上げられた。
アトリエは思ったより小さい。革は厚みや柔らかさ、色を指定して伊、ポルトガルなど欧州の業者に注文する。肉食用子羊の皮を使い、質の劣る部分も犬のリードやキーホルダーなどに利用し、捨てる部分を最小限にしているという。
まずは革の準備だ。革を少し湿らせてから縦横両方向に何度も強く引っ張り、手袋のパーツを大まかに切る。切った後も机の縁やナイフでさらに縦に引っ張る。こうすると、手袋に手を入れたときに自然になじむのだそうだ。その後、革は金型に合わせてプレス機で指の形に裁断される。縫製は細かい作業だが、キャリア24年の女性が特殊なミシンを使って器用に縫っていた。裏地もシルク、カシミア、ウールなどで同様に縫製後、本体に手で縫い付ける。裾かがりも手縫いだ。
輸出は38%で、主な輸出先は米、ロシア、日本。アトリエに店があるほか、パリ1区に直営店、その他は主要デパートで販売する。17世紀に流行した、革手袋に香水をしみこませる香り付き手袋をゲランとともに再現したり、オートクチュールやプレタのメゾンはもちろん、若いデザイナーとも積極的にコラボする。「クリエーション、本物、伝統がモットー」とソフィーさんは言う。
来年6月には、手袋と皮革産業のノウハウを保存する皮革センターがこの町にオープンする。こうして、10世紀にわたってサン・ジュニアンで受け継がれてきた伝統産業は守られていくだろう。(し)