Oskar Kokoschka Un fauve à Vienne
オスカー・ココシュカ ー ウィーンの野獣
タイトルを見れば、ココシュカ(1886−1980)がフォーヴィズムの画家という印象を受けるが、ココシュカはどの流派にも属さない〈我が道を行く〉画家だった。展覧会は、ウィーンの行儀の良い人々が見たくない現実を表現しスキャンダルを起こした青年時代から、第2次大戦後、平和主義者の大画家になるまで、ココシュカの芸術家として、人間としての成長を見せている。主人公が経験を通して内面的に成長していく姿を描く「教養小説」という文学ジャンルがある。展覧会を見た後で、ココシュカを主人公とした教養小説を読んだような気持ちになった。
ウィーンのチェコ人の金銀細工師の家に生まれた。ウィーンの工芸学校時代に、装飾性の強い版画「夢見る少年たち」を制作し評判となったが、少年少女の性の芽生えという、当時の人々が隠蔽していたテーマを扱ったため、反発も受けた。若い頃のココシュカは目立ちたがり屋で、芸術家としての野心も強かったようだ。
ココシュカの芸術に大きな影響を与えたのが、アルマ・マーラー(マーラー未亡人)である。バッハのカンタータ「おお永遠よ、汝おそろしき言葉よ」をテーマにした版画シリーズには、ココシュカとアルマの二人をモデルにした男女が出てくる。二人の表情や動作から、アルマと波乱の恋をしたココシュカの苦悩が伝わる。
やはり二人をモデルにした傑作「風の花嫁」は、作品の脆弱さから残念ながら出展されておらず、写真でのみ見ることができる。
別れた後もアルマを忘れられず、等身大のアルマ人形を特注して、外出時も連れて行った。学芸員によれば、性的な満足を得るために作らせたものだという。人形を通したアルマに対する複雑な思いは、人形とココシュカを描いた作品に表れている。
第一次大戦に参戦して心身ともに傷を負ったが、治ってから、両大戦中はドレスデンの美術学校に教師の職を得、画商もついて生活は安定した。この頃、欧州を旅し、パリにも来て初の個展を開いた。批評家には好評だったが、パリ美術界の競争の激しさを見て、いい印象は抱かなかったという。
ココシュカはどちらかというと肖像画で有名だが、風景画も多く制作した。ロンドン滞在中に描いたテムズ川のある風景は、ホテルの高層階の複数の部屋から見たものを統合し、鳥瞰図に近い描き方をしたものだ。
支援してくれた画商が1926年に自殺。さらに1929年の世界恐慌の煽りを受けて経済的に苦しくなりウィーンに戻ったココシュカを待っていたのは、ナチスの台頭だった。経済的な理由で父の故郷のプラハに移り、ナチスの脅威を訴える論文を寄稿したり、講演会を開いたりと精力的に活動した。芸術が政治から迫害された時、芸術家がとる態度は、屈して政権側に取り込まれるか、抵抗するか、身を潜めて状況が変わるのを待つかのどれかだ。ココシュカは抵抗する方をとった。そのためナチスから標的にされて作品を没収されたり、「退廃芸術」展に作品を出展されたり、ナチスによって、彼らの資金源とするために転売されたりした。
プラハの後、1938年にロンドンに行き、ドイツ語圏から亡命した芸術家が組織した「在英ドイツ自由芸術連合(FDKB)」で活動した。滞英中は思うように画材が買えなかったが、当時の政局を風刺した絵を描いていた。「赤い卵」のテーマは、1938年のミュンヘン協定だ。ヒットラーが要求したチェコ北部のズデーデン地方の併合を英仏が容認した会議で、英仏独伊が出席し、チェコは招かれていなかった。赤い卵の皿の左にはヒットラー、右には巨大なムッソリーニの顔がある。テーブルの下には、猫(フランス)が寝そべっている。王冠を被ったのはライオン(英国)で、猫とライオンは何もしていない。ドイツの侵略を放任した英仏を批判した絵である。
「併合―不思議の国のアリス」は、ウィーンの街が燃えているのに、「見ざる・きかざる・言わざる」のポーズをした英(ビジネスマン)独(兵士)仏(聖職者)を描いている。右の金髪女性はオーストリアの象徴で、有刺鉄線の柵から出ることができない。当時、ココシュカは英国に亡命中だったが、大胆にも英国を批判したのである。
戦後は、ファシズムと闘った大画家として、また欧州の和合を推進する平和主義者として尊敬を集めた。文化を通した廃墟からの再建を考え、ギリシャ・ローマ文明に目を向けた。この頃、ギリシャに旅行し、デルフォイの遺跡を描いている。抽象美術は人間性を破壊するとして批判し、ずっと具象で通した。
会場半ばに、ココシュカが80歳の時に撮影された1966年のインタビュービデオがある。背広を着て背筋を伸ばし、淀みなく話す。50年前、80歳でこれほどカッコいい男性はそういなかっのではないだろうか。芸術家として、人として、最後までブレなかった。(羽)
Musée d'Art Moderne de Paris
Adresse : 11 avenue du Président Wilson, 75116 Paris , FranceTEL : 01 53 67 40 00
アクセス : Iéna
URL : https://www.mam.paris.fr/
月休、火〜日10h-18h(木 -21h30) 14€/12€(18-26歳)