世の中が大変なときこそ、食の力が必要だ。新型コロナウイルス感染症による被害が拡大する中、料理人、菓子職人たちが立ち上がり、現場で戦う医療関係者へ食の支援を始めた。
エリゼ宮(大統領府)の料理長、ギヨーム・ゴメスは、「医療従事者とともにあるシェフたち」という組織を作り、全国の料理人に病院への食事提供を呼びかけ。シリル・リニャックを始め、多くの参加者を集めている。カーンのレストラン関係者たちは、人手不足に悩む地元の農家でボランティア。収穫した野菜を使って、病院への差し入れも行っている。野菜づくりの現場を見ることで、食材への理解が深まるという予期せぬボーナスも得ているようだ。
アラン・デュカスの料理学校では、学生や料理愛好家が参加できる料理コンテスト「Daily-cious Challenge 」を開催。支払われた参加費は、全国の病院施設に寄付される。他にもアン=ソフィー・ピック、ミシェル・サラン、ジャック・ジュナン、ピエール・マルコリーニといった有名シェフたちの“おいしい支援”は途切れることなく、今日も続いている。オヴニーのこの号では、ブルゴーニュで店を構える日本人シェフたちが地元の病院を応援する活動を紹介したい。
取材と文 : 吉田 恵理子
写真提供 : Lionel DUPOUY
病院へ料理のプレゼント。
厳しい状況のなか働き続ける医療関係者へ、心から感謝の気持ちを伝えたい!
そんな想いを持った、ブルゴーニュ地方にあるレストランの日本人シェフたちが集結し、地元の公立病院へランチのケータリングを企画。「いま、自分たちにできること」を実現したグルメなランチは、戦場のような病院に、束の間の安らぎの時間をもたらした。
レストランは現在休業を命じられており、客を迎えることができない。しかし、料理で、がんばる人を支援することはできる。
ブルゴーニュ地方コート・ドール県クルバンにあるミシュラン1つ星 Château de Courban のシェフ木下隆志さんが、医療関係者の力になればと、3月29日にディジョン公立病院への食事の差し入れを行なった。それを知った同県の3人のシェフが木下さんの企画に加わり、4月5日、同病院への100人分のランチの差し入れが実現した。
参加したのは、ディジョンにあるレストラン L’Aspérule の木村圭吾さん、同じくディジョン Origine( 旧 Stéphane Derbord)の内村朋史さん、そしてボーヌ Le Bénatonの杉村圭史さん。いずれもミシュランに掲載される実力店だ。
ブルゴーニュチーズの代表格であるエポワスを使ったグジェールとマスタードのマカロンというアミューズ、そしてデザートのショコラのムースを、木下さんおよび同じ店のシェフ・パティシエール長谷川佐恵さん、前菜のアスパラガスのクリームとポーチド・エッグを内村さん、そしてメインの鶏肉の赤ワイン煮と野菜の付け合わせを木村さんと杉村さんが担当した。
「もともと気心が知れた仲間同士なので、意見も出し合いやすく、用意もスムーズに進められました」と木下さん。100人分の料理を作るとなると食材の調達も大変だが、業務用食材卸店などのサポートがあり、高品質な食材を無料で仕入れることができた。衛生管理の面では特に気を遣った。「病院とも話し合い、手袋、マスク、キャップの着用はもちろんのこと、器具の消毒や容器のチェックにも細心の注意を払いました」。体力を使う医療関係者の仕事を考慮し、たんぱく質と炭水化物が多めで元気が出るような、また短い時間で食べられて美味しさがダイレクトに伝わるインパクトのある味を心がけた。持っていった先で食べてもらうための工夫も行なった。「前菜のフレッシュ感をできるだけ味わっていただきたいので、お届けの30分くらい前に仕上げるように準備しました」(内村さん)。「肉料理は、電子レンジで温めたとき極力おいしく食べていただけるように、煮込み料理にしました」(木村さん)。
日本人シェフたちによる、グルメな差し入れは大好評。「病院に届けた時に、皆さんが喜んでいる顔を見て、やって良かったなと思いました」(杉村さん)。今後も、できればメンバーを増やして、病院に食事の提供を続けていく予定だという。「皆さんに食べていただくことで、自分たちも元気になれるんです。夜の8時に(医療関係者への)拍手をするのを、料理でしているようなもの。ありがとう! という気持ちを、自分たちができる形でこれからも表していきたいです」(木下さん)。