Q:それにしてもお昼で満席というのはすごいですね。夜はどんな感じですか?
後藤:ほぼ満席です。昼は少し最近落ち着いて来ましたが、ミシュランに出てからありがたいことに止まらないです。
Q:最初ミシュランに載ったのは?
後藤:2013年です。
Q:私が感じたのは、パリじゃないからかお客さんが時間をかけて楽しんで食事をしているということです。
後藤:うちの店にも「急いでいる」と言って来る人はもちろんいます。そういう人には対応しますし、 昼のセットメニューは早めに出すようにして、中間のセットメニューを選ぶ人には少しリズムを変える。とはいえ、昔よりも全体的に急いでいますね。長く座っていたいという人はもうあまりいないと思います。
Q:先ほど私が話をした常連さんはパリからだとおっしゃっていました。お店が開いてすぐの時期から通い始めて今は月に3度は来ている、って。
後藤:ほぼ毎週です、パリからですよ。
Q:車ですか?と尋ねたら列車でいらしていると。彼は例外として、ほとんどの常連さんはこのあたりの人ですか?
後藤:そうですね、ほとんどがこの地域の人です。
Q:それは、フォンテーヌブローという街だからかもしれないですね。今くるーっと歩いて回って、この裏にも元貴族の館、という感じのお屋敷がたくさんあって、とてもブルジョワな街だという印象を新たに持ちました。
後藤:確かに。パリで働いている人もいますし、大きな家もたくさんあります。とはいえ最初店を始めるときにフォンテーヌブローではうまく行かないだろう、と言われたんです。
Q:なぜ?
後藤:この街の人は他人の成功に嫉妬深いとか色々言われました。でも実際にやってみなきゃわからないですよね。最初はヴァネッサも「低い値段から始めよう」と言っていたんですが、俺は自分の仕事に自信があったからこそ「絶対下げない」と言いました。ブラッスリーの昼のセットメニューが27ユーロで出せる街ですから、ガストロノミーならば30ユーロ以上でなぜできないのか、と思ったからです。
Q:確かに。
後藤:30ユーロで前菜、主菜、デザートをガストロノミーで、良いものを出すことから始めました。最初は難しいです。誰も知らない店だし、自分は広告も出したくなかったので、とりあえず経費を抑えながらでした。ただ口コミというのはすごくて、少しずつお客さんが増えてきて忙しくなりました。夏過ぎにゴー・ミヨでGrands de demainに選ばれた時は本当に、すごく嬉しかった。Grands de demainというと1年に1度、7人の中に選ばれるということですがなかなか難しいです、しかも日本人だし。それからお客さんは増え続けて、ミシュランに出てからは今の状態が続いています。
Q:お店を開く=地元に根付くということだと私は思っています。だったらフォンテーヌブローの人が来るというのが一番ですよね。
後藤:もちろんです、それが定着してくれれば。
Q:そこから口コミで他の人たちにも広がっていく。
後藤:常連さんの親戚とか家族に広がる、ということが一番多いです。友達、娘から聞いてと来て喜んで帰ってくださる。その笑顔が次の仕事につながっていく。
Q:話は突然変わりますが、隣にある「風味」というお店も後藤さんの?
後藤:そうです。
Q:いつからですか?
後藤:今年の8月の半ばです。
Q:餃子もラーメンもあるお店。
後藤:居酒屋風にしたいと思ったんです。ちょこちょこ頼めて飲めて、という楽しい日本料理、この街にはないようなことをしたいなと。寿司でもなく焼き鳥でもなく、ということです。だから値段も少し下げて始めたんですが、フランス人は居酒屋を知らない。すると前菜と主菜を、ということになります。でも前菜に茶碗蒸しを出すと「量が少ない」と言われてしまう。結局自分の感覚とフランス人の感覚というのは違うのだ、とここでも気付く。だからちょっと考え方を変えて、前菜は茶碗蒸しをやめて冷しゃぶなどガツっと量の多いものにする、コロッケを前菜に加えたり。
Q:ガストロノミーの店を持ちながらビストロを開くシェフがいるじゃないですか。それと同じ感覚でということですか?
後藤:自分はビストロをよく知らない。ガストロノミーしかやったことがない。おまけにこの街にはビストロとして成立している店がすでにたくさんある。でも街に3軒ある日本料理の店は日本人が経営していないし、SUSHIといっても自分が食べてきた寿司を出してはいない。だから自分たちが好きなこれまで食べてきた日本料理を、とヴァネッサに話したら彼女はすぐに乗ってきました。本当に美味しい日本料理をこの街で、ということで始めたんです。
Q:ヴァネッサは日本料理が好き?
後藤:結婚する前に顔合わせというので初めて日本へ行って、本場日本の刺身を食べさせたら、最初は「イヤ」と言っていたのに一口食べた途端に表情が変わりました(笑)。やっぱり日本の魚を食べると違いますよね。それから色々挑戦して、納豆も大好物になりました。
Q:今後のプロジェクトは?と質問しようと思っていましたが、今お隣の「風味」が開いたばかりですよね、どうだろう?
後藤:まあそうですが、自分としてもいつかでかいところがあれば、と思ってはいます。
Q:もっと規模を広げて?
後藤:いや、というよりもっとスペースを広げる。ただしお客さんの数は増やさない。
ただとりあえずはこの店の商業権だけではなくて全部を手に入れることができそうなので、厨房から改装をと考えているところです。厨房の後ろにまだスペースがあるので拡張できる。
Q:お住いはお店の上?
後藤:ないです。
Q:ない!?
後藤:いや建物の上ではないということで(笑)、住まいは駅の近くにあります。この建物には店の他には地下のカーヴだけで、上階に自分たちのものは何もありません。もしもいい場所が見つかれば、席数は同じでもっとゆったりとした店づくりにしたいとは思っていますが、今が変えどきかどうかはわかりません。ヴァネッサも「海外に行きたい」とか言っていますし。
Q:海外?
後藤:カナダに行きたい、って。ただ自分としては、今はここで納得しています。でも税金が高い!これだけは本当にキツイです。やればやるほどこの国では持っていかれます。びっくりしますよ。みんなで一生懸命働いて収益が上がったと思ったら、ガツン!とやられる、その分持っていかれる。残りないじゃん、って(笑)。
Q:確かにそういう意味では、中小企業にフランスは厳しい。
後藤:そう考えると、フランス以外の国の方が楽なのだろうとも思いますけれど、フランスにも楽しいことはたくさんありますからね。
Q:日本へ帰りたいと思ったことは?
後藤:ないです。最初の頃は帰ることを予定していました。
Q:最初の頃、というのはいつですか?
後藤:5年したら帰ろうと思っていました、最初は。でも出会ったのが3年後だったので。
Q:ヴァネッサと?
後藤:まあ、だからそのまま続けて働こうということになりそのうちこちらに落ち着くか、ということになった。自分の生まれた土地、九州は好きですけれど、そこへ帰ろうとは思いませんね。
Q:故郷というのは、自分が遠くにいればいるほど愛しいもの?
後藤:だから、たまに帰るといいな、と思う。でも自分は本当にフランスの空気が大好きですし、フランス人の人間性というのも好きです。
Q:フランス人のどこが好きですか?
後藤:日本では上下関係が厳しいじゃないですか。こっちはそういうことがあまりない。そこがいいなと思います。
Q:確かに人間同士が対等だと感じることが多い。
後藤:だから自分が足元に及ばないと思っていたすごい存在のでかいシェフたちとも普通に友達といるように話ができる。この前もシェフたちの集まりの二次会で、一緒に飲みに行ったら「すごい!」と思っていた先輩シェフたちともすぐに友達とのように、対等に話ができる。そういうところが大好きですね、フランスって。
Q:仲間というか、連帯意識は強いですよね。
後藤:そうです。日本人はどこか引いてしまうというか遠慮がある。まあ仲良くなればまた別ですけれど。
Q:そろそろ、皆さんへお聞きしていることを。後藤さんにとっての料理とは何でしょうか?
後藤:… 趣味ですね。欠かせないものですかね。趣味で欠かせなく、見て、味わって… まあみんなそうですけれど、その愉しみですね。人には三大欲望があるとすれば、その中に食欲も入っている。食欲というのは、見て愉しくて、味わって愉しい、作って愉しいからこそあるものじゃないかと。だからこそずっと続けていけるし、それがビジネスにもなる。
Q:今40歳ということは、料理との付き合いはかれこれ30年以上、長いですね。
後藤:そうですね、小さい時から親と一緒にしていましたから。
Q:カヌーはもちろんありましたが、料理が一番熱中できるものだった?
後藤:いや、スポーツはもちろん好きでしたよ。
Q:でもカヌーと料理を天秤にかけて結局料理を選ぶ。
後藤:そうですが、本当は二つ一緒に行けていればよかったです。まあ結局料理を選びましたけれど。
Q:確かに趣味と実益を両立できるのが一番ですよね。
後藤:でもそれは難しい。もっと大きくなって、店を誰かに任せられるようになったらできるんでしょうけれどね。でも、それはまた別のことです。厨房から出ていくということに自分は納得できないでしょうし。
Q:ビッグなシェフはビジネスへ走る。
後藤:確かに。結局でっかくなるとビジネスに走っちゃいますから。
Q:それでも誰かに任せられるならばカヌーができる。
後藤:近くのセーヌ川でもカヌーをやっているんですけれど
Q:レガッタですか?
後藤:レガッタもありますけれど、カヌーもあるんです。この前見かけて「やってる、行きたい!」と思いました。けれど水曜と土曜だけなんです。
Q:すると店があるから「ダメじゃん」って(笑)?
後藤:水曜は昼過ぎから仕込みに入るので無理、土曜日は完璧に無理。だから近くにあってもできない。だったら料理だけをするしかないです。
Q:セーヌ川はそんなに近い?
後藤:そうです。車なら家から5分、10分の距離ですが、オーナーになってしまうと無理ですね。雇われているのならばできたかもしれない。まあいつかできれば、と夢を持ち続ける(笑)。
Q:カヌー以外のスポーツ、走ったりは?
後藤:走ってはいないです。ヴァネッサは走っています。自分は走るよりもカヌーです。
Q:カヌーのいいところというのは何ですか?
後藤:何なんでしょうね?なぜ好きになったんだろう(笑)?やっぱり自分は人ができないことが好きなんです。高校でカヌーを始めたのも「あっ、珍しい」と思ってです。みんながやっていることよりも違うことでうまくなりたい、という気持ちがあったんでしょうね。入った学校はカヌーでの優勝率が高かった。まあ高校でカヌー部があるところが少ないということもあったんだと思います。だから簡単に全国大会へ行けた(笑)。「おー、すげえ!俺にもできる」と思って入りました。でもカヌーというのは実はすごく難しい、しかも自分は200mと500mのレース、水面でスピードを競うという競技の方でした。レーシングのカヌーというのはバランスが必要で、初めての人は絶対落ちる
Q:そりゃ揺れますよね、スピードを出すとなったら。
後藤:その前にバランスが取れない。最初はバランスをとる練習から始めますけれど、1週間ぐらいは漕ぐことすらできません。漕げたとしても5mぐらいで落ちてという繰り返し、まあ自転車と似ているかもしれないです。
Q:でも自転車と違って補助輪がない。
後藤:だから絶対落ちるんです(笑)。それが面白くて、競技でいい成績も残せたんです。
Q:200mをどのぐらいのタイムで?
後藤:うーん、1分弱ぐらいですか。漕ぎながら他の人にはできないことをしているという気持ちがありました。
Q:今でも自分のカヌーを持っていますか?
後藤:今はもう持っていないですが、大学までは持っていました。娯しみとしてできるならば買いたいですねー。
Q:ライセンスを取得する必要は?
後藤:要らないと思います。
Q:だったらお休みの日に一人で漕げばいいじゃないですか?
後藤:そうですよね…(笑)確かにそうです。何でやらなかったんですかね(笑)。
Q:だったら別にクラブに入る必要もないんじゃないかな、と私は思うわけです。
後藤:確かにそうですね。何でクラブにこだわっていたんですかね?許可がないとできないのかな、と思っていたのかもしれないです。
Q:そこで足踏みしていた?
後藤:いや、クラブに入ってなおかつ水曜と土曜しかできないのかな、と思っていました。そうか、ちょっと聞いてみよう。ライセンスが必要ならばクラブに入って取ればいいし。もしかするとクラブの先生と一緒に乗れるかもしれないし。
Q:で、このあたりのことはわかりませんが、川岸に芝生とか堤防があれば、ヴァネッサに伴走してもらうというのも素敵じゃないですか。
後藤:そうですね(笑)。いいアドバイスをありがとうございます(笑)。
Q:とんでもない、こちらこそ素敵なお話をありがとうございました。
Restaurant L’Axel
Adresse : 43 rue de France , 77300 FontainebleauTEL : 01.6422.0157.
URL : www.laxel-restaurant.com/fr/
月火終日、水昼休み