Q:ピックMaison Picは考えましたか?
後藤:ピックでは少し働きました。
Q:そうなんですか!?
後藤:ちょっとだけです。サンテミリオンで3年勤めた後にピックへ行きました。サンテミリオンでは最初はシェフ・ド・パルティで入って、最後にはセカンドまでなり、次もどこかでセカンドで、と思ってピックのあるヴァランスまで面接に行きました。
Q:で、ピックでセカンドになった?
後藤:いや、それが問題でセカンドに、という条件で入ったにもかかわらずそうではなかった、だからいても意味がないという判断を自分でしました。
Q:どのぐらいで?
後藤:2週間でしたか。
Q:そんなに短期間で!?
後藤:最後はシェフとも話をしましたが、僕が雇用されると言われて入った条件を「知らなかった」と言われました。あそこでは工場、というか一人一人の分担が決まっているので多くが朝8時から夜まで同じことをし続けていた。野菜は野菜だけ、フラン担当ならばフランだけ。自分はガルド・マンジェで、同じ作業を一日中する人たちを見ていた。
Q:本人たちの向上、上達のためにはならない?
後藤:全くならないです。ロボットのように同じ作業を繰り返すだけです。ちょうど三ツ星を取り返した時でしたが、いくら店が三ツ星をもらっても働いている人たちが可哀想だと思いました。自分は小さな店でしか働いてこなかったので、でかい店というのは面白みがないなとも。せっかくこれまで腕を磨いて上昇してきた、その腕を発揮できないのは残念だと思ってピックを辞めて、「結婚しよう」ということになりました。
Q:えっ!?なぜ仕事の話からいきなりそういう話に(笑)!
後藤:いや実は、ブーロン=マルロット時代からうちの嫁ヴァネッサと付き合っていまして、サンテミリオンにも一緒に行ったんです。それでその後に「結婚しようか」ということになりまして。
Q:そうだったんですね。その経緯を知らなかったのであまりにも唐突で。
後藤:そうですよね、いきなりですよね(笑)。
Q:婚活でもしたのかとびっくりしました(笑)。ヴァネッサさんはもともと
後藤:料理人です。ブーロン=マルロットで自分が働いていた時に見習いとして店に入ってきました。で、一緒のパティスリー部門で
Q:ナンパしてしまった。
後藤:ナンパというか、友達だったんです。二人とも飲むのが好きなので、いつも一緒に飲みに行っていた。
Q:とてもキビキビとしたおかみさん、という印象を受けました。
後藤:そうです、女将です(笑)。
Q:私もこういう取材の時には独りでテーブルに座るので、周りをいつもよりもじっくりと観察しながらスタッフの皆さんのキビキビと働く様子に感心しつつ「おそらく彼女だな」と思ったのがヴァネッサさんでした。それで「失礼ですが、マダム・ゴトウですか?」と尋ねたら「ウィ、そうです!」とキリッと清々しいお返事をもらって素敵だな、と。それでヴァネッサさんと晴れて結婚をされたのが
後藤:2008年のことです。
Q:彼女はもともとこの土地の人?
後藤:フォンテーヌブローの横の町の出身です。結婚するからこちらに一度戻ってこようとこの近くで仕事を探したんですが、自分はもう星付きの店にしか行きたくはなかった。そうしたらここから30分ぐらい離れたところに一つ星の店があって、そこでセカンドとして自分は働けることに。ヴァネッサはこの店で働いていたんですよ。
Q:このお店?
後藤:といっても前のオーナーの店に、ということです。
Q:前は何という店だったんですか?
後藤:Croquembouche クロッコンブーシュという店で、ヴァネッサは料理人、ガルド・マンジェでした。だから僕らが店を始める前から彼女はここの厨房をよく知っていました(笑)。
Q:へえ、面白い!彼女は何でもできる料理人?
後藤:そうです、サンテミリオンでは見習いで入って付け合わせなどをやって、前菜、ガルド・マンジェ、魚部門から肉部門の付け合わせで終わって、次の店クロッコンブーシュではガルド・マンジェとして働いた。
Q:当時のお住いはフォンテーヌブロー?
後藤:そうです、駅の近くです。自分はLe Pouillyというここの近くの店で2年働いて自信がついたので、シェフとして働ける店を探そうと思いました。そうしたらBeauneボーヌに一軒見つかった。
Q:また動きますね。
後藤:そうです。
Q:でもブルゴーニュだからそれほど遠くはなかった ?
後藤:結婚したから、もうあまり遠いところへは行けないなと思いました。向こうで自分はアパートを探して
Q:えー、新婚で離れ離れ?
後藤:でも、自分たちのやりたいことがはっきりしていたので
Q:お店を出したい、という?
後藤:まあ少しはそういう気持ちを持っていましたけれど、シェフになるのは初めてなので、とりあえずは経験しなければと思いました。2010年のことです。
Q:どうでした、シェフになって?
後藤:初シェフ…嬉しかったです(笑)。だって昔から「シェフ」と呼ばれている人が羨ましかった。
Q:スー・シェフというのは下の人から何と呼ばれるんですか?
後藤:名前ですよ。「クニヒサ」って呼ばれていましたね。
Q:そうか、シェフだけが「シェフ」と呼ばれる。確かに「スー・シェフ(シェフの下の)」と呼ばれると屈辱かもしれない。
後藤:変でしょう。やっぱり「シェフ」と呼ばれるのが夢だったですね。ジャック・デコレのことを「シェフ」と呼んでいた時には自分がある日シェフになるなんて思っていませんでした。
Q:高校で料理を学んでいた時にはシェフになりたい、と思っていなかった?
後藤:いや、料理は続けていきたいとは思っていましたけれど、本職にしたとしても「シェフ」ではなくて「料理人」でしたね。「シェフにはなれないだろう」ぐらいの考えだったと思います。
Q:やっぱりシェフというのはそれぐらいの大きさがあるんですね。
後藤:若い時にはシェフというのはでかいですよ、ガストロノミーの店のシェフにはなかなか誰もなれないですから。だから最初呼ばれた時には嬉しかったです。「俺、なれた!」と(笑)。
Q:ボーヌの厨房には何人ぐらい?
後藤:6名ぐらいです。年中無休で開けているホテルレストランだったんですが、いいものを出すならば月曜日は休みにして、席数を40ぐらいに減らして欲しいとオーナーに掛け合いました。その前は60席ぐらいあったんです。
Q:60席は大変だ。
後藤:ただ席を40に減らす代わりに満席にするから、とかけあったら「いいよ」と言ってくれました。
Q:シェフになると自分でメニューも全部考える。
後藤:そうです。オーナーはエスカルゴとシャロレの牛は残したいと言いました。まあ地元のものを残すのは自分もいいことだと賛成しましたが、さすがにブルギニョン(ブルゴーニュの赤ワインで牛肉を煮込む名物料理)を作れとは言われませんでしたね。1年後ゴー・ミヨの若いシェフ(Jeunes talents)に選ばれて、その次の年にはミシュランで1つ星へのエスポワール(Espoir 期待の新人)に選ばれました、嬉しかったです。この店Axelの時にはすぐにGrands de demainをいただきました。ボーヌでシェフとして働いたのは結局2年ほどで、1年ほど働いた時に「ちょっと考えよう」「少しずつ将来のために探していこう」とヴァネッサと話しました。ヴァネッサは、その時すでにここ、うちの前にあった店を辞めて、昔働いていたブーロン=マルモットの店でメートル・ドテル(給仕長)として働いていました。
Q:厨房ではなくてホールの方へ?
後藤:「将来店を持つならばどちらが料理を?」と二人で話をした時に、自分が厨房に残るということになりました。ヴァネッサは昔エキストラで表もやっていて、ちょうどメートル・ドテルの話があったので経験してみようと働きに行ったということです。そして週末に自分がボーヌから戻ると一緒にこの辺の物件を見て歩きました。ちょうどフォンテーヌブローにはガストロノミーもなかったし、この辺りでいいよね、と二人で話しながらです。フォンテーヌブローが理想でしたがバルビゾンあたりも探しました。ヴァネッサはうちの前の店クロカンブーシュのこともよく知っていましたが、その時点ではまだ売りに出すという話はなかった。ただし不動産屋からは「あそこは時々売りに出している」というような話は聞いていた。
Q:このお店の前のオーナーはどんな人でしたか?
後藤:40代半ばのオーナーシェフです。
Q:定年とか、疲れたから辞めるというのではなかった?
後藤:違います。家庭の事情や健康の問題があったみたいで売りに出そうか、という話はしていたみたいです。一度彼に「店を出したい」という話はしたけれど、その時には売りたいという話はされなかった。だから一本先の道に別の物件を見つけて交渉を始めてはいました。けれども口約束だけでなかなか進まなくて困っていたら、ここのオーナーシェフから電話がかかって来て「売りたい」と。実は他よりもここが一番きれいだったんです。ここなら工事なしでそのまま始められると思った。
Q:すると工事なしで?
後藤:最初は表を塗り直したのと、他に手を入れたのは受付の部分だけです。それが2012年の1月でした。
Q:ところでAXELという名前はどこから?
後藤:自分は「Aア」で始まる名前が好きなんです。そこで考えていたらフィギュアスケートのダブル・アクセル、トリプル・アクセルにたどり着いて、その「アクセル」を使いました。
Q:そこからなんですね。スピンする感じ?
後藤:それから上がっていく感じと軽い感じも。Cuisine fine繊細な料理、というんですか。
Q:なるほど。ヴァネッサも賛成した?
後藤:いや、二人で考えた名前です。彼女が「ダメ」と言うと絶対無理ですから(笑)。
Q:ここを開いた時に、繊細な料理とか軽い料理というのはイメージとしてあったとは思いますが、他にあったイメージとは?
後藤:やっぱりオリジナルなもの、ですね。
Q:デコレさんのように?
後藤:確かにあります。彼の料理は確かに印象的です。けれども味的には自分は納得していなかった。自分の印象として一番残っているのはサンテミリオンのエッチュベストです。彼のベースはとてもクラシックですが、そこから色々面白い料理に変えていく。しかも美味しいものを作っていました。彼の料理が一番印象に残っています。菓子部門のシェフとして最初入って、デザートをシェフに見せると無視されていましたが、セカンドに上がって「これどうですか?」と見せ始めてからは認めてもらって、色々サジェスチョンもさせてもらいました。一緒に話し合って料理を作っていくのが楽しかったです。だからその時のイメージは自分の中にありましたね。
Q:後藤さんのお料理には、ご自身が日本人であることや子供時代から食べてきたものなどは関係していると思いますか?
後藤:していると思います。
Q:どういうところが?
後藤:基本的に作るのはフランス料理ですけれど、日本の素材を使っていきたいと思っていますね。美味しいものは本当に美味しいじゃないですか。それを少し加えて
Q:例えばどのような素材を?
後藤:柚子胡椒とか。それはやっぱり九州の産物として。他にはこちらで手に入るものですね。カボスはなかなか難しい。
Q:確かにカボスはないですねー
後藤:一回送ってもらって、皮を使ったりしましたけれど、そのあとはなかなか手に入らない。
Q:ザボンとか、食べたくないですか?
後藤:久々に聞いた、懐かしいですね(笑)。
Q:ザボンの皮を砂糖漬けに。
後藤:うちの親もよく作ってました。
Q:ごめんなさい、話が逸れました。出汁はどうですか?
後藤:たまに使っています。さっぱりしていい香りも出しますから。でもたまにです。
Q:フランス料理と出汁はマッチする?
後藤:しますよ。フランス料理は日本の素材とよくマッチする、それが面白いです。いい素材を使っているもの同士だからマッチするんだと自分は思います。逆に辛い香辛料は無理です、味を壊してしまう。南西仏ではよく使いますけれど、使い過ぎるのはよくないと思います。
Q:味噌とか醤油は?
後藤:味噌は使ったことはありますが、自分にとっては難しいです。醤油を使うとすれば酢に少し入れるとか、味がパーっと上がるので。でもそれぐらいです。確かにちょっとつければ美味しいですけれどね。ただ自分の中で制限は作らずに、美味しいと思ったものはそのままお客さんに伝えるようにしています。 あまり日本に寄らないようにしながら自分の料理を作る。柚子胡椒にしても、肉と一緒に使うと完全に和食になってしまう。
Q:美味しいですけどねー。我が家でも常備です。
このお店のお客さんは、シェフに対してのイメージをある程度持って来る?
後藤:もちろんそうでしょうね。うちの店には常連さんが多いんです。おそらくみなさんオリジナルなところが面白いと思って来てくださっているのだと思います。
Restaurant L’Axel
Adresse : 43 rue de France , 77300 FontainebleauTEL : 01.6422.0157.
URL : www.laxel-restaurant.com/fr/
月火終日、水昼休み