この連載テーマにぴったりの展覧会が移民歴史博物館で開催されている。シリアなどからの難民をどう受け入れるかが大きな問題になっている今、時宜を得た展覧会と言えそうだが、この問題は人類の歴史の始まったころから存在していた。万里の長城を築き「蛮族」の侵入を防いだ中国。「自国のまわりはみな野蛮人」が当時の通念だった。そしてそれは、相手を野蛮人呼ばわりしなくても、今も続いている。万里の長城の拡大写真に迎えられて会場に入ると、世界各地のさまざまな境界と、それを越えようとする人々、境界を保とうとする人々の歴史と現在に入り込む。展覧会の題名「Frontières」は、国に限らず、地域と地域を区切る「境界線」を示している。
最初のコーナーは「壁」について。現在、越境を阻止するために造られた壁が、世界に50カ所以上存在する。かつてあったベルリンの壁、北朝鮮と韓国の38度線の壁、イスラエルとパレスチナの間の壁は有名だが、あまり知られていない壁もある。インドとバングラデシュの間には、2007年に4000kmに及ぶ壁が造られ、2000年から10年間に、越境や、些細(ささい)なもめごとなどのせいで、壁の周辺で900人以上が警察に殺されたという。
次は欧州へのディアスポラと、欧州内のディアスポラだ。私たちのような在仏外国人にとって、欧州とフランスの国境政策は自分の生活に直結する問題だから、どうやって今の政策に至ったのか、その歴史を知ることは大切だ。欧州26カ国が加盟しているシェンゲン圏は、加盟国の間の入国検査を廃止し、加盟国民の移動を自由にしているが、圏が広がるほど、境界線のコントロールは厳しくなり、域内の自由度が大きくなるにつれ、そこに入りこむまでが難しくなるという皮肉な結果を招いている。それを説明するビデオがたいへんよくできているので、是非見てほしい。
フランス史の部分では、フランス人は1860年から1917年まで、パスポートなしでロシアとトルコ以外、欧州を自由に行き来できたという、驚きの事実が紹介されている。ルクセンブルクとの国境地域で生活した人、フランスにたどりついたアフガニスタン難民などの証言ビデオは、経験を語っているものだけに言葉に重みがある。
会場には、パネル説明、写真、ビデオ、移民、移動をテーマにしたアーティストの作品、新聞の切り抜きが並んでいる。2、3時間かけてじっくり見ると現代史の勉強になるだろう。
戦争がなくても、地球温暖化による砂漠化や国土の浸食、地震、自然環境の悪化、原発事故などによって、自分の国や地域から離れざるを得ない人々がますます増えていく。人ごとではなく、私たちの誰もが直面する問題として、見る価値のある展覧会である。(羽) 5月29日まで(月休)。
Musée de l’histoire de l’immigration :
293 av.Daumesnil 12e