師弟が描いた“インキ”な通りとは。
中世~19世紀へタイムスリップ?
オー・ド・ロベック通り(Rue Eau de Robec)は、古都ルーアンならではの趣が感じられる歩行者専用道だ。
その昔はこの道にロベックという小さな川がちょろちょろと流れ、19世紀後半までは染物屋が軒を並べていたという。その川は開発で埋め立てられてしまったけれど、道の端には当時をしのぶ水場が再現されている。道の両側に並ぶ建物の最上階からは、布を乾かすために造られたひさしが今でも大きく突き出て、想像力を働かすと、さまざまな色をした布がひらひらと風に揺れている風景が浮かんでくる。
リュイッセル通り(Rue du Ruissel)と交わる角にたたずむ木組みの家は、なんと15世紀末に建てられたとか。さまざまな太さの木が縦横斜めに奔放に組み合わさっている様子は、なんだか子どもが描く絵のようで愉快。建物全体も傾いているように見え、何百年もの間しっかり建っているのが不思議なくらいだ。現在、この建物は教育に関する国立博物館になっていて、中にも入れる。
フロベールの『ボヴァリー夫人』に登場するシャルルは、医師になるための資格試験に備えて学んだ若き日に、この川に面した部屋に住んでいた設定になっている。「夏の美しい夕方、街路がなま暖かく女中たちが入り口で羽根つきをやっているころ、窓をあけて肱(ひじ)をついた。目の真下に低く、ルアンのこの界隈ではきたならしい小ヴェニスといった感じの川が、黄に紫にまたは青に染まって、橋や鉄柵のあいだを流れている。職人たちが川っぷちにしゃがんで、両腕を洗っていた。納屋からつき出した竿に木綿糸のかせが干してあった。対岸の屋根の向こうに、澄みきった大空がひろがり、沈んで行く赤い陽が見えた。」(生島遼一訳)
『ボヴァリー夫人』刊行から33年後に発表されたモーパッサンの短編『たれぞ知る』にも、同じ道が登場する。精神の病に苦しむ語り手は、ある夕方、この道に迷い込む。「おれは在るべからざるような一つの通りにはいろうとしていた。〈ロベック川の水〉と呼ばれている、インキのように黒い水の川が流れている通りである。そのとき、おれの注意力は、家々の古風で怪奇な外観にことごとく凝集されていたが、その注意力は、軒並みに並んでいる古物商の店々に向けられたのである。」(青柳瑞穂訳)
同作品の中に「うす気味わるい流れのほとり、この怪異な小路(こうじ)」には「きたならしいガラクタ屋」があると描写があったので、すてきなアンティーク店でも見つからないかと目をこらしたけれど、それは見事に期待外れ。骨董好きの皆さんは、金~日曜午前中にサン・マルク広場(Place Saint Marc)で行われている朝市にお出かけください。