アウトサイダー・アートの大物、ヘンリー・ダーガーの大展覧会である。ダーガーの発見者で、彼の死後、作品の管理を続けてきた故ネイサン・ラーナーの妻、キヨコさんが、ダーガーの作品45点をパリ市近代美術館に寄贈したことを記念して開催された。
ダーガーが人々の関心を引きつけて止まないのは、作品の美しさと独自の作風もさることながら、発見されたいきさつ、そして実際の人生と彼が作り出した想像世界との落差があまりに衝撃的だからである。
肉親と縁の薄い人生だった。4歳のとき、母が産褥熱で死亡する。生まれた妹は里子に出された。数年後、何らかの理由で父親がダーガーを育てられなくなり、孤児院に入れられる。そこで精神障害があるとみなされ、12歳のときに精神障害児施設に送られた。施設が運営する農場で働いているときに何度も脱走し、ついには250キロを歩き、17歳のときに故郷のシカゴに戻った。そのときから71歳まで病院で皿洗いや清掃の仕事を続け、他人とほとんど交流のない孤独な生活を送った。ダーガーが死を目前にして衰弱し、身の回りの物を自宅に残したまま入院した後、片付けるために入った家主のラーナーは、ゴミのような部屋の中で、大きな水彩の画集と手製の本に目を止めた。アーティストのラーナーがその価値を見抜いたおかげで、ダーガーの作品は救われた。
こうして発見されたのが、子ども奴隷を解放するために非情な軍人たちに果敢に立ち向かう7人の姉妹「ヴィヴィアン・ガールズ」の戦いを描いた大長編小説「非現実の王国で」と、その場面を描いたデッサン・水彩・コラージュによる300枚の絵だった。総じて淡い色彩が美しいが、戦いの場面はリアルに残虐に描かれている。不思議な動物や植物も出てくる。これはダーガーの夢の国なのだ。乞食同然に見られていた老人が、実は数十年にわたって、人知れず自室で、とてつもない想像力で一大王国を築いていたこと自体がおとぎ話である。
他のアーティストとの合同展で数点見る限り、ダーガーの絵はきれいで、部外者として安心して見ていられるが、この展覧会では彼の世界にどっぷり浸かる。強力な磁場の中に入ったような感じで、会場を出るときはフラフラだ。見る者をこれだけ引き寄せる力を持っているのは驚異的である。
同時にキヨコ夫人から寄贈されたネイサン・ラーナーの写真展も9月13日まで開催中。(羽)
Musée d’Art Moderne de la Ville de Paris
11 av du Président Wilson 16e
10月11日迄。
画像:Ⓒ Eric Emo / Musée d’Art Moderne / Roger-Viollet
Ⓒ 2015 Kiyoko Lerner / ADAGP, Paris