中国やポーランドなどで製造しているIKEAの家具にしか馴染みのない私だが、調べてみると、高級家具Duvivier などフランスで製造を続けている企業は大小さまざまあるようだ。そのなかで、パリ南東郊外シュヌヴィエール・シュル・マルヌにあるシエージュエール社(Siègeair)は一味違うユニークな企業だ。主要製品は Jandri と Swann商標の高級革張りソファー、肘掛け椅子。100%オーダーメイドなので店頭販売はしていない。優れた職人・工業技術を持つ企業に与えられる「Entreprise du Patrimoine Vivant」および、優秀な製品を証明する「NF Prestige」の呼称を持つ。
アトリエ見学では一つの商品の製造過程を通して見ることはできなかったが、社長の息子ポール・マエさんが大体の工程がわかるように案内してくれた。ポールさんはインテリアデザインを勉強したあと海外に住んでいたが、 2009年に父親の事業に加わった。まずは、ソファー、肘掛け椅子の木枠となる板の裁断場。メタル枠を使うこともあるが、ほとんどはヨーロッパブナ、ポプラなどの木材を使い、手作業で切る。各部分の枠ができると、座る部分にスプリングを組み込むのだが、顧客の希望や座席部分の箇所に応じてスプリングにスチール針金を加えて強度を調整している。次に枠に張り付けるスポンジは一種類ではなく、膝を支える部分には最も密度の高いもの(50kg/m3)、おしりや背もたれ部分はやや柔らかいもの (23~38 kg/m3)と、数種類のスポンジが使われる。そして、各部分に布や革をかぶせて大きなホッチキスのようなもので固定し、最終製品に組み立てられる。革以外の材料はフランス産だ。
最後に 「ここにはぼくたちの宝がある」と見せてくれたのが、革の倉庫。入ったとたんに革独特のいい匂いが鼻をくすぐった。色も風合いも厚みも様々なおよそ5.5㎡の革が太い棒のようなものに重ねてかけられ、ずらりと並んでいる光景は圧巻だ。革には非常なこだわりを持っているこの会社は、スイス、ドイツ、オーストリアの皮革製造業者から仕入れており、傷やしわを隠すためのエンボス加工をしていないナチュラルな天然皮革 (plein fleur)のみを使っている。牛皮の腹の部分は背もたれに、背中の部分は座る部分に、というように各部分に合った革の箇所を使う。傷になった部分は使わない。皮膚のしわがそのまま残っているのも天然皮革の証拠だ。良好な生活環境のもとで育った牛の質のよい天然革は使用とともに風合いが増し何十年ももつ。自然に脂があるのでクリームも必要ない。
ジャン=ポール・マエ社長は1970年代からブルターニュで Swann 商標の革製ソファー・椅子の会社を経営していたが、2001年にパリ郊外の Jandriを、05年にデザイナー、インテリアコーディネーターなどプロを対象とする総合インテリアを手がけるシエージュエール社を買収して現在の地に引っ越してきた。「企業は魂。仕事に情熱と誇りを持つ職人たちのチームワークが会社の要」と言う社長は天然皮革に並々ならぬ情熱を注いできた。同社の顧客は個人のほかに高級ホテル、大企業など。一方で、著名デザイナーのアート作品のような製品も作っている。年商300万ユーロ、社員25人のこの小さな会社は職人芸とアートの融合を目指すクリエイティブな企業だ。(し)
www.jandri.fr