しょっぱい音符 6月15日号

“  21世紀のレオ・フェレ”バビックスのポエジー回帰
 パリ9区ピガール通りにあるレコード録音スタジオ「スチュディオ・ピガール」に、その場の主バビックスを訪ねた。ここは1950年代にレオ・フェレが初吹込みしたという歴史的なスタジオで、長い間放置されていたものをバビックスとそのパートナーが2004年に権利を譲り受け、修復して新機材を入れ再びレコーディングできるようにした。バビックスは歌手兼作詞作曲家であるだけでなく、編曲家・プロデューサー・サウンドエンジニアでもあり、このスタジオと彼の手で自分の4枚のアルバムはもとより、カメリア・ジョルダナ、モリアーティ、ガエタン・ルーセル、アブダル・マリック、チャーリー・ウィンストンなどのアルバムが生まれている。私たちが行った時はグラン・コール・マラードの新作の制作中だった。
 「レオ・フェレの幽霊が住み着いてるんじゃないの?」とからかったら、「時々その背後の声に従って録音してる」と。

音楽一家に育ち、フェレと出会う
 1981年生れのバビックスは、祖父が楽団指揮者、母がピアニストで音楽学者という音楽一家で育ち、5歳からピアノと厳格なクラシック音楽教育を受けるのだが、やはり反抗の時期がやってきて、ジャズ/ロック/ワールドの冒険に出てしまう。その結果「音楽は反抗である」という結論を見いだすのだが、その最も大きな影響を与えたのがレオ・フェレだった。フェレは93年没なので、死後のレコードでの出会いということになるが、このショックが彼をシャンソンの世界に引き込むのだ。
 2006年に初アルバムを発表し、ヴィクトワール賞にノミネートされ、続くアルバムもシャルル・クロ・ディスク大賞を取るなど、これまでの3枚のアルバムはプレスや玄人筋では非常に評価が高いのだが、CDはそれほど大きなセールスには至っていない。しかし、硬派の文化批評誌テレラマは彼を評して「その世代で最も才能に恵まれたアーチストのひとりであり、シャンソン・フランセーズにこれほどの豊穣(ほうじょう)さをもたらすことができるのは彼をおいて他にないだろう。レオ・フェレ、ローリー・アンダーソン、デヴィッド・ボウイ、ジム・モリソンの直系の子孫」という大変な持ち上げよう。ここでも強調されているのが、レオ・フェレの影である。

詩人たちと向き合うこと
 6月22日にリリースされる新アルバム『クリスタル・オートマティック#1』は、それまでのオリジナル作品のアルバムとは異なり、古今の詩作品にバビックスが曲を付けた作品集で、取り上げられたのはランボー(「首吊り人の舞踏会」、「僕の小さな恋人たち」)、ボードレール(「恋人たちの死」)、ジャン・ジュネ(「死罪人」)、アントナン・アルトー(「冥府の臍」)、ジャック・ケルーアック(「プル・マイ・デイジー」)、トム・ウェイツ、ガストン・ミロン、エーメ・セゼール。心の師フェレもランボー、ボードレール、アポリネールなどの詩を多くシャンソンにしたものだが、その師の芸に挑むかのような野心作である。
これは元々はパリ市立詩芸術センター「メゾン・ド・ラ・ポエジー」からの依頼で創作された音楽リサイタルだった。それを何度かライヴで披露するうちに、自分に詞と音楽を作ることを掻き立てる最初のインスピレーションのルーツに面と向かっている感覚に襲われてきた。つまりこの先達たちが僕に言葉を書かせる道を開いたのだ、と。「メゾン・ド・ラ・ポエジーで3度演奏して、ダイレクトに言葉と音楽と聴衆の反応がぶつかり合うことにとても興奮を覚えて、この直接さをなんとか残したいと思った。それを尊重したくてライヴ録音ということも考えたんだけど、技術上の理由で断念、でもスタジオ録音でも一発録りさ」
3枚のアルバムのあと、もう一度アーチストとしての自分のDNAを検証するべき時期と悟って、この詩人たちと向き合ったアルバムを創る決心をした。
(向風)ランボーやボードレールはレオ・フェレを通して体験したの?
「僕は小さい頃から好奇心旺盛で、大人の書棚から本を見つけて読むのが好きだった。ランボーなどはほんの子供の頃に出会っていて、青春期までの古典になった。詩人たちを歌うフェレとはそのずっとあとの出会いだ。彼自身が偉大な反抗の詩人だ。この企画で僕が選んだ詩人たちは、すべて反抗ということでつながっている。ボードレール、ジュネ、アルトーはもちろん、ビート・ジェネレーションのケルーアック、その世代の継承者のトム・ウェイツ、ネグリチュードの詩人セゼール…」
 その中に私たちに馴染みの薄いケベックの詩人ガストン・ミロン (1928-96) の200行を超える長編詩「愛の行進」(部分)が10分の大曲となって収められている。繰り返しながら山場に向かってどんどんクレッシェンドしていくインスト部とバビックスのエモーショナルな朗読の調和が、アブダル・マリックやグラン・コール・マラードの最良のスラムを思わせ、恐らく私たち日本人にはこのアルバムで最も取っつきやすく、詩的交感を熱く体験できる一曲だろう。私はその衝撃を伝えたくて、いつかこの長い愛の詩を日本語訳してみたいと思っている。その中にこういう2行がある。

 宿命に向かう野牛のように頭を下に構え
 僕は全速力で突進し、未来に酔いしれる

 「この曲をライヴで披露した時に、友人たちが僕に”頭を下に構えて突進する野牛»はおまえそのものだ、と言ってくれたんだ。それ以来この詩は僕に親密なものになった。ちょうどメジャーレーベルから離れて、独立して新しい冒険を始めた時だったので、僕は自分の新しい制作会社を野牛に因んでビゾン・ビゾン (Bison Bison) と命名したんだ」
(向)どうしてビゾンを2度繰り返すの?
「これは正式な学術的名称で、アメリカ野牛は ”Bison Bison” なんだ。アジアではこれが “Bison Bison Bison”になるんだけど、僕は中を取ってビゾン・ビゾンにしたのさ」

 ビゾン・ビゾンレーベルの第1作『クリスタル・オートマティック#1』の発売に続いて、その演目での全国ツアーがあり、パリは10月16日に19区の芸術村104 (サンキャトル)で。また既にその『#2』の企画もあり、フランス現代詩人を取り上げ、その中でブリジット・フォンテーヌも含めたいと言っていた。

 表(ソロアーチスト)の仕事も裏方の仕事も多忙な21世紀のレオ・フェレ君であった。

文・向風三郎

抽選で3名様に、新アルバム 『クリスタル・オートマティック♯1』 プレゼントします。
ご希望の方は、件名を  「Babx」として、monovni@ovninavi.comまでメールをお送り下さい。