ユゴーの食風景 -9-

『レ・ミゼラブル』(1862年)に登場するマリウス青年には、貧しさに耐えたユゴーの書生時代が投影されている。もっとも、ユゴーはそんな過去を恥じるどころか、むしろ誇りに思っていたふしがある。
 1851年、49歳にしてベルギーはブリュッセルに政治亡命した際には、実はたいしてお金に困っていないのに敢えて小さな部屋に仮住まいをして、そんな自分を楽しんでいた。当時のブリュッセル市長も「ユゴーは、さも暮しに困っているように見せかけているけれども(略)彼が裸一貫で亡命したのではないということは、この私が一番よく知っている」と語っているほど。
 この変わり者で見せかけの貧乏文士、食事は一日に一回しかとらなかったそうだけれど、その健康を影で支えたのは毎朝飲む一杯のココア。ユゴーより半世紀前に生まれた食通のブリア =サヴァランは、『美味礼賛』(1826年)の中でココアの効能をこう謳っている。「入念に整えられたチョコレートは健康的かつ美味な食品であり、滋養があって消化もよい。コーヒーのように美しさをそこなう心配もなく、むしろ逆に薬になるくらいで、精神を緊張させる仕事、聖職者や弁護士の仕事に従事する者には最も適したものであり、特に旅行者にはよろしい。」(関根秀雄・戸部松美訳)
 ユゴーと同時代の作家バルザックは『美味礼賛』の再販にあたって前書きを寄せ、デュマは『デュマの料理大事典』でたびたびブリア = サヴァランについてふれているけれど、ユゴーときたら『美味礼賛』を読んでいたかどうかも怪しい。毎朝のココア一杯も、ユゴーの健康を気づかう恋人ジュリエットが毎朝召使を使って届けさせたものだった。食いしん坊の読者としては、チョコレートが美味しいベルギーでユゴーがどこのお店のどんなカカオを使ったココアを飲んでいたのかが気になる。でも、文豪はそんなことに言及することはなく、青年時代の初心に戻って祖国のためにペンを走らせる日々を送っていた。 (さ)