ユゴ―の食風景 -2-

  共和主義者だったヴィクトル・ユゴーは、ナポレオン3世のクーデターに反対したために19年の亡命生活を送ることになった。国を追われるはめになったユゴーだったけれど、その内面はそれまでになく平和で落ち着いていたという。
 『レ・ミゼラブル』の中に「いまわれわれが生きているこの瞬間に、多くのひとびとが享楽を追いもとめることを生活のモラルとし、歪んだ俗悪なものや、目先のことばかりに気をとられて生きているのに対して、世を逃れる者は、誰彼を問わずに実に立派なひとであるように思われる」(辻昶、 横山正二訳)という一節があるが、ユゴーはまさにそんな心境で暮らしていた。亡命先で不便な暮らしを強いられるのを、どこか喜んでいる風さえある。
 生活が徐々に苦しくなっていく中、ユゴー一家の財政を救ったのは『静観詩集』だった。予想外に多くの読者を得たこの詩集のおかげでユゴーはまとまった金を手にすることになり、家族はホッと一息。イギリス海峡はガーンジー島の高台にある 「オートヴィル・ハウス」という広々した家で、精神的にも物質的にも豊かな生活を送ることになった。
 この島の海岸でのある夏のピクニックについて、息子のシャルルは、いかにも嬉しそうに母親への手紙に細かく綴っている。羊のもも肉や牛肉の冷菜、ハム、ヴォル・オ・ヴァン(軽いパイ生地の料理)、鳩肉のパテ、ちょうど島にやってきたフランス人パティシエによるラムのソルベにコンフィチュールのタルト、シュークリーム、そしてよく冷えたシャンパン6本……。なんとも豪勢なピクニックだけれど、創作に忙しいユゴー自身は「ムーラン・ユエでピクニック。6本空けた」と日記に簡単に記しているだけだ。(さ)

 

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