ニコラ・ド・スタール(1914-1955)生誕100周年を記念し、ルアーヴルで展覧会が開かれている。パリから電車で2時間。会期半ばにして美術館では図録完売で、地方の美術館としては異例の成功といえるだろう。ノルマンディーと南仏、イタリアの風景を描いた晩年(1951年〜55年)の80点、デッサン50点で、その4分の1はヨーロッパ未公開のものだ。題して「北の光 南の光」
帝政ロシアの貴族出身のスタールは、ロシア革命で父母を亡くし、ベルギーの裕福なロシア人家庭に引き取られた。ブリュッセルの美術学校で学び、スペイン、モロッコなどを放浪。苦しい生活が続いたが、戦後、絵が売れるようになり、アメリカでの個展も成功を収めた。こうした前途洋々の矢先の1955年3月、失恋の痛手でアンティーヴのアトリエから飛び降り自殺してしまった。
展覧会は、詩人ルネ・シャールと共同制作した挿絵本「Poèmes詩」で始まる。小さな点を散らしたような木版画で、白黒だけの抽象でもスタールの抒情性が十分伝わってくる。
1942年から抽象画に移行し、自分のスタイルを確立していった。しばらく厚塗りの抽象が続いたが、53年頃から透明感のある薄塗りになり、その描き方で多くの半具象の風景画を制作した。
強烈な暖色のコントラストのシシリア風景、どんよりと薄明るいカレーの港の風景など、北と南の光の描き方の違いが興味深い。
個人的にはスタールの厚塗り抽象のほうが好きだ。薄塗りの大作を何点も見ていると、何をそんなに急いでいたのだろうかと思う。美しいが、やはり薄塗りの抽象画家であるジュヌヴィエーヴ・アスのような内面の静謐さは感じられない。
暗い空に向かって飛んでいくカモメの群れを描いた55年の『Les Mouettes(カモメ)』は、動物が皆無と言っていいスタールの作品の中で特異な存在だ。カモメの顔は見えない。自殺したのは同年の3月だ。ゴッホが自殺した月に制作した「カラスのいる麦畑」を思い出す。一羽だけ翼が黒い最後尾のカモメは、あの世へ行った親しい人たちの後を追うスタール自身だったのだろうか。(羽)
MuMa – Musée d’art moderne André Malraux :
2 boulevard Clemenceau 76600 Le Havre
11月9日迄(火休)
画像:Nicolas de Staël, Agrigente, 1954, huile sur toile, 73x92cm, collection privée © cliché D.R. © Adagp, Paris, 2014