自宅でビールを 作ったことが きっかけに なっています。
「世界を考え、地域で飲もう!」という、昨今のグローバリゼーションに対する異議申し立てともいえるスローガンを掲げ、フロランさんがモントルイユで地ビールを作り始めて9年が経つ。彼のビール醸造工房〈Zymotik〉には、講習生をはじめ、有機農法のファン、そして買い付けにくるパリ市内のブラッスリーの人たちで賑わう。時には元生徒たちが自宅で作った新しい味をフロランさんに味見してもらおうとやってくる。
「NYで生物学を教えていた時、自宅でビールを作ったことがきっかけになっています。人類が見つけた発酵という現象への好奇心は衰えることがありません。屋号の〈Zymotik〉ですが、zymoとはギリシャ語で酵素、発酵という意味なのです」。フロランさんのビールへの情熱、そして一市民としての社会的意義をビールを通じて追求する姿にはひたすら頭が下がる。現在は中学校の生物教師の仕事を週の半分にし、工房での仕事と両立させている。フランスでは低度のアルコールは自家醸造が許されているが、もちろん売買する際には許可が必要で、彼の場合はライセンス2に該当する。
フロランさんのビール講習に参加して、ビール作りを体験してみた。土曜日の朝9時に工房に集合。ホップとモルトの香ばしい匂いが漂う。まずビール生成過程の説明を受けるが、まるで生物の授業を受けているようだ。早速モルト(麦芽)に65℃〜68℃のお湯を加えて混ぜ、灰汁(あく)を取る。「混ぜすぎないこと! パンになってしまいます」。アルコール度数5%のビールを20リットル作るのに、5キロのモルトが必要。1分間に1リットルのペースで計15リットルのお湯を加えながら、モルトから染み出てくるビールの元になるモルトジュースを別の鍋に移し、加熱する。この時点でジュースはとても甘い。モルトの配合によって味が変わり、深み、軽さ、苦み、まろやかさなどがコントロールできる。白ビールは小麦で作られ、ブルターニュ地方ではソバからもビールが作られて名産品となっている。大手ビール工場ではモルトの代用としてトウモロコシが半量使われているという。そのトウモロコシが米国の大農場からの輸入であることも多く、資本主義のグローバリゼーション構造が見えてくる。この流れに対し〈Zymotik〉では、自家製有機栽培のもの、または農業に従事する仲間が作っているもののみを使用している。使用後のモルトは飼料になる。
加熱したモルトジュースのあら熱を冷却器を通してとる。金属のチューブをらせん状に形成し、中に液体を通して冷やすこの道具もフロランさん手作りだ。そこに鮮やかな黄緑色をしている麻科の植物のホップを入れ、イースト菌も入れる。ホップはアスパラガスのような風味で、サラダなどに入れて食べることもできるそうだ。
生徒たちは好みのフレーバーを決めるため、11時頃から先生が作ったビールを味見しながらフレーバーを決定、作業を進める。そのフレーバーだが、定番9種に毎月新たなものが加わるが、私が挑戦したのは、ローズマリー、ラベンダー、タイムなどのハーブを入れた「中世のビール」。
すべての道具を酸素系の洗剤で殺菌し、発酵用の容器に移す。発酵中にガスが出るのでガス抜き器をかませ、この状態で2週間、発酵させる。理想の温度は18℃の室内。和気あいあいとした雰囲気の中で、あっという間に約4時間の講習が終わる。
そして2週間後に瓶詰めが行われる。金曜日の17時から始まるその瓶詰作業の際にも、近所、遠方を問わず〈Zymotik〉ビールのファンが集う。そんな客を横目に講習生は作業を開始。この時も、必ず手をよく洗い、雑菌が瓶に入らないように気をつける。少しでもバクテリアが入れば全ての努力が水の泡。ビールに欠かせない泡立ちをよくするために砂糖を100g加えてから、瓶詰めになる。チューブからこぼれないように瓶に注ぎ、手が痛くなるほどのキャップ閉め。腰も曲がるほどのちょっとした労働だ。こうして自分たちで作ったビールが完成するが、味見するまで、さらに最低1週間、長く発酵させるほど泡のできがよいので、理想は2、3カ月待たなくてはいけない! いろいろのフレーバーを味わいたかったら、講習生同士でビールを交換したいものだ。
この工房があるサンドニ県では農業祭の実現が計画中であり、5月にはパリビール祭もあるから、〈Zymotik〉がビールファンの注目をあびているわけだ。ただ残念なことに、6月からフロランさんは田舎に引っ越すそうだ。もちろんその地で〈Zymotik〉の工房は続けられる。モントルイユでは、アシスタントのジェロームさんが〈Brasserie La Montreuilloise〉と名前を変えて工房を引き継ぎ、地ビール作りを続け、講習も定期的に行われることになっている。ビールという発酵食品に魅せられ、その魅力を通して、自分の生きている地域との関わりを実践するフロランさんの工房へ、ビール作りに出かけてみてはどうだろう。
待ったかいがあって味見した「私」のビールは素晴らしい味でした!(麻)
Zymotik : 65 rue Danton 93100 Montreuil
zymotik.jimdo.com 連絡先はzymotik@hotmail.fr
講習料125€(750cc入りの25本のビール付き)
毎週土曜日9h〜13h。
6月から工房を引き継ぐジェロームさんの連絡先は
lamontreuilloise@free.fr