この欄で、階段に流れる赤ピーマンを焼く匂いのことを書いたけれど、流れる回数でいったらチキンを焼く匂いにはかなわない。 このローストチキンpoulet rôti、フランス人は飽きることがない。肉屋の店頭でも、串刺しにされたチキンが10羽も20羽もクルックルリと 回りながらローストされ、その匂いが客をよぶことになる。
最初にパリに滞在していたひと昔、日本でフランス語を教わったことのあるミシェルさんから電話がかかってきた。「次の日曜日、母からよばれているけれど、ボクらと一緒にいかないか?」という、うれしいお誘いだった。
お母さんのルブラン夫人は、パリ14区にひとり住まい。ミシェルさん夫妻はアップルパイ、ボクはチューリップの花束をぶら下げて、その3階のアパートのドアの前に立ったら、この匂い!「プレ・ロチがなくては日曜じゃない!」とミシェルさんはニッコリ笑った。高価なブレス産の若鶏だったのかもしれないが、そのプレ・ロチは、身は白くふっくらと盛り上がり、皮はどこまでもかりっと焼かれ、大学食堂の貧弱なプレ・ロチとは天国と地獄の差があった。それをみごとに切り分けていく息子の手際を見ているルブラン夫人の眼差しは、どこまでもやさしく、「あっ、これがフランス風日曜の家族団らんの味か」とナットクした。(真)