マリヤ・グリンベルクというピアニストは1908年ロシアのユダヤ系知識人の家庭に生まれる。スターリンの圧政下に夫と父を処刑され、自身も演奏の場を奪われたが、スターリンの没後、名声が高まる。1964年から1977年にかけてベートーヴェンのソナタを全曲録音。その全曲9枚組が発売された。さっそく聴いてみて強い衝撃を受けた。ベートーヴェンが、初期のソナタから書き込んでいった精神のドラマが、これほどの次元で表現されたことがあっただろうか。アダージョなどの楽章で、呼吸が止まるほどにテンポを伸ばして創り出した沈黙に、彼女が一音をたたき入れる時の感動! どこまでもインテンポの演奏であるが故にかえって悲痛感が濃い、バックハウスの名演の対極にある、これも名演。(真)