マリへの軍事介入。

1月13日付リベラシオン紙。
1月13日付リベラシオン紙。
 昨年6月からマリ北部を支配していたイスラーム武装勢力が、マリ中部のコンナ市を1月7日に制圧し南下を開始したため、トラオレ暫定大統領の緊急要請に応え11日、オランド大統領はマリへの軍事介入を発表。16日〈イスラーム・マグレブ諸国のアルカイダAQIM〉の分派「覆面旅団」の30人余が、仏軍(3500人)の撤退と服役中の仲間の釈放を要求し、アルジェリア西部(リビア国境50km)にあるイナメナス天然ガス施設の多国籍技師・従業員約800人のうち190人を人質にし、38人(建設プラント「日揮」邦人社員10人)を殺害。アルジェリア軍の介入でテロリスト29人銃殺、残りは住民にまぎれ込むか隣国に逃亡。
 フランスの旧植民地、マリはフランスの2倍の広さもつ。そして遊牧民トゥアレグ族(ベルベル人の一支族)は、サハラ砂漠南部のサヘル地帯(マリ北部、アルジェリア南部、ニジェール、リビア南部)に分布する。1960年マリ独立後、北部でトゥアレグ族の反政府闘争が続いてきた。
 2012年3 月22日、マリのサノゴ大尉が率いるクーデターでトゥーレ前大統領失脚。4月12日、トラオレ元国会議長が暫定大統領に就任。同時期にトゥアレグ系アザワド解放国民運動 MNLAが北部でアザワド国独立を宣言。6月、イスラーム武装勢力が北部を制圧し、彼らに一蹴されたMNLAグループの一部は隣国モーリタニアに退避。武装勢力は、北部地域でシャリーア法を施行(窃盗犯の手足切断、喫煙者にむち打ち刑、婦女子のブルカ着用強制、女子の教育廃止)。同時にトンブクトゥ市の世界遺産である霊廟(れいびょう)を破壊し、仏軍による爆撃直前にイスラーム古文書の大半を焼却。 
 フランス政府はオバマ大統領やEU、国連に援軍を求めたが、米国はクーデターでできた国家には支援しない原則を守り、輸送機による補給に留める。EU諸国も第二のアフガン戦争を恐れ傍観する。孤軍奮闘の仏軍は、マリ軍・西アフリカ連合軍5千人と共に首都バマコから北進し、3週間後、北部の数都市を奪還。無政府状態の中、マリ兵や住民によるトゥアレグ人やアラブ人への報復のリンチが続発、南北住民の対立が激化する模様。
 武装勢力はビン・ラーディン死後、アルカイダグループが分散する中で、アラブ系ジハード(聖戦)戦士が占めるAQIMや、西アフリカ統一聖戦運動MUJAO、トゥアレグ系過激派アンサル・ディーンと、アラブ・黒人系集団がしのぎをけずる。多くはアフガニスタンでジハード戦士として闘った経験があり、リビア紛争に参戦し大量の武器を持ち帰った。アフガン・パキスタンのタリバンとの相違は、彼らはサヘル地帯を自由に移動し、西洋人の誘拐作戦や麻薬・武器の密輸で闘争資金を貯える。そして「アラブの春」に落胆した若年層の間にジハードの種をまいていくことだ。
 オランド大統領はマリから武装勢力の追放を宣言したが、隣国にも割拠する彼らのほこ先が地中海を越え、EU諸国に向けられると予想される。その前に西アフリカ各国の軍備力の拡充が急がれる。フランスのマリへの軍事介入を、植民地主義のリバイバルとみる向きもあるが、マリ軍隊の腐敗からの立て直しと、統一国家への再建には、長期の経済・軍事援助は避けられないはずだ。(君)

 

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