タイの異色幻想怪奇潭がパルムドール。

●第63回カンヌ映画祭報告
 例年以上に作品の暗さと暴力性が際立った今年のカンヌ映画祭。別に「死人が出ない作品お断り」という規則はないはずだが、とかく殺人、自殺、不治の病のちょっとした見本市であった。それにしても世の中はなんと様々な形の暴力で満ちているのか。続けて見るとかなり憂うつな気分に陥る。権力の暴力(『フェア・ゲーム』、『ルート・アイリッシュ』、『下女』、『叫ぶ男』)、信仰の暴力(『神々と人間』)、歴史の暴力(『アウトロー』、『太陽に灼かれて2』)、無意味な暴力(『アウトレイジ』、『優しい息子』)、運命の暴力(『Biutiful』、『詩』、『我々の人生』)などなど。もちろんキレイごとを排除し、世界をありのまま直視しようとする作家映画は貴重だ。しかしその一方で、こんな時代だからこそ時代を生き抜くための処方箋や知恵、希望がもう少しあってもよかったと思う。(生き抜く知恵ならむしろ非コンペ部門のオタール・イオセリアーニ監督『Chantrapas』の主人公の姿にヒントを見た)暴力性はスクリーンの中だけに留まらない。映画祭期間中は会見や授賞式で、イラン政府に不当逮捕されたジャファール・パナヒ監督の釈放を求める映画人たちの声が相次いだ。カンヌ映画祭もまた、一映画人にふりかかる現在進行形の国家単位の暴力にNOを突きつける覚悟だ。
 さて最高賞にあたるパルムドールは、ダークホースともいえるタイ出身のアピチャッポン・ウィーラセタクン監督の幻想怪奇潭『前世を覚えているブンミおじさん』が受賞。ややクラシカルで暗めのコンペ作品が並ぶ中で、最も驚きを与えてくれた異色作だ。ウィーラセタクン監督の手にかかると、不治の病や幽霊だって妙にあっけらかんとしたたたずまい。イ・チャンドンの『詩』、マイク・リーの『アナザー・イヤー』、グザヴィエ・ボーヴォワの『神々と人間』といった完成度の高い傑作ではなく、どこかとりとめのない魅力をたたえる未確認飛行物体風のタイ映画にパルムドールを与えた審査委員長ティム・バートンは偉かった。(瑞)