見ているうちに ターナー像が変わっていく。 “Turner et ses peintres”

 ロンドンのテート・ブリテンで昨秋開催されたターナー(1775-1851)展が、パリにやってきた。今年の展覧会の白眉である。「画聖」というにふさわしいターナーの作品が、初期から晩年まで、最後には疲れてフラフラになるほど見られる、ターナーファンにとっては堪えられない展覧会だ。パリ展では、ロンドンでの展示作品に加え、ターナーがパリ滞在中にルーヴルで見た巨匠の作品も展示した。
 庶民の家庭に生まれたターナーは、14歳で王立アカデミーに入学。先達の作品を模写して腕を磨いたが、ただの模写では終わらない。第1-2室では、先達の構図のバリエーションに挑戦し、格闘している若きターナーの姿が浮かび上がる。   
 タイトルの「ターナーとその画家たち」は、ターナーが手本とした画家と、ライバルでもあった同時代の画家たちを指す。当時巨匠とされた画家は、乗り越えるべきライバル。自分より若く、批評家たちにもてはやされたウィルキーのような画家に対してもライバル意識を燃やした。
 それにしても、ターナーファンにとって、最後まで見るのは覚悟が要る。(羽)は、晩年の煙るような、限りなく抽象に近い作品を見て、ターナーは、作品のように心が透明な人だったのだろうと勝手に想像していたが、この展覧会で、その印象が木っ端みじんに砕けてしまった。見ているうちに、自分の中のターナー像が変わっていく。ここで見られるのは、画家としての成熟の過程だけでなく、強烈な自我と負けん気、上昇志向を持った人の立身出世の物語である。
 公募展では、未完の作品を納入して、その場で完成させるというスペクタクルをやってのけ、ライバルたちを恐れさせた。隣に展示されたジョン・コンスタブルの風景画の船の赤い色を見て、海の風景に一点赤い色を添えて完成させ、自分の優位を見せつけた逸話など、あざといとしか言いようがない。
 しかし、ターナーには感情移入と技術を超越した詩性がある。『カレーの砂浜、干潮』は、発表当時、新聞の批評に書かれたように、「あまり描いたようには見えないが、すばらしい芸術だ」(羽)

グランパレ:5月24日迄。金-月9h-22h、火9h-14h、 
水10h-22h、木10 h-20h。

“La Plage de Calais, à marée basse,
des poissardes récoltant des appâts”1830 
Bury Art Gallery and Museum ©Bury Art Gallery, Museum & Archives,
Lancashire / Photo © Tate Photography