語り手マルセルの寝室 –毎夜繰り返される就寝劇の舞台–
サロンや庭で時間を過ごす大人たちと、語り手マルセル少年の世界を分ける階段。床を美しく飾るタイルは家の雰囲気にぴったりだが、この地方のものではなくて、リムザン地方のもの。
『失われた時を求めて』の第一篇は『スワン家のほうへ』。その第一部『コンブレー』は「長い時にわたって、私は早くから寝たものだ。」(井上究一郎訳)という一文から始まる。主人公の少年にとって、夕食後、招待客などと雑談している最愛の母から離れて寝室にあがっていく時間は絶望的なもの。そのうち「ママが接吻しにきてくれるだろう」ということのみをなぐさめに、じっとベッドの中で耳をすましていた。
プルーストの回想に基づいて再現された主人公=語り手の部屋にはいると、まずは赤いベッドカバーがかかった木枠の小さなベッドが目に飛びこんでくる。脇に置かれた丸テーブルには愛読書だったジョルジュ・サンドの田園小説『フランソワ・ル・シャンピ』とキャンドルが、そのすぐ隣には繊細な美しさの幻灯機が飾られている。
その部屋の向かいには、マドレーヌの魔法の源ともいえるレオニー叔母さんの部屋がある。小さかった語り手は、叔母から頼まれると「薬袋から皿へ定量のぼだい樹花を移す役目をひきうけ、ついでそれをあつい湯のなかに入れ」ては、乾燥したハーブの茎や花が湯の中でひらく様子を観察した。豊かな感受性に恵まれた語り手にかかると、それは「画家がもっとも装飾的にそれらを配置し、ポーズをとらせたかのよう」に見えた。
レオニー叔母のベッド脇には「調剤台にも主祭壇にも似たテーブル」。消化を助けるヴィシー水と並んでミサの本やマリア像。ぼだい樹のハーブティーを楽しむためのティーセット、プチット・マドレーヌ。
毎晩、マルセルはこの小さなベッドにはいり、ただただママがおやすみのキスをしてくれるのを恋しく待っていた。当時は、枕元のカーテンで
ベッドを覆って、寒さを防いでいた。
語り手の愛蔵書はジョルジュ・サンドの『フランソワ・ル・シャンピ』。
受付横の展示室にはプルーストが実際に読んでいた本物が飾ってある。
マルセルの気を紛らわすための幻灯。「部屋の不透明な壁を、触知できない虹色のかがやき、多彩な超自然の顕現に置きかえ、そこにあらわれるいろんな伝説は、あたかもちらちらゆれて瞬間に消えるステーンド・グラスに描かれているかのようであった。」
神経質で「青白い、つやのあせた、陰気な額」を持つレオニー叔母のモデルとなった、エリザベート・アミヨ叔母さん。プルーストの父の姉にあたる。