オゾンに欠けるのは、 ロメール的なストイックさ?

 エリック・ロメールが亡くなった。89歳だったし2年前まで元気に映画(『我が至上の愛~アストレとセラドン』)を撮っていたのだから天寿をまっとうしたというべきだろうが、いささか淋しい。
 とにかくロメールの映画が好きだった。節度が生む、時として倒錯的でさえあるエロチシズム、饒舌な主人公とシンプルな物語、抑えた映画表現の中のプチ・サスペンス、こういった要素が微妙な配分で美しい映画を織りなす。季節の定期便のように届けられる新作を胸躍らせて観に行った。フランソワ・オゾンはロメールを師と仰ぐ。でももちろんオゾンはロメールではない。昨年は『リッキー』で日常にファンタスティックな要素(赤ちゃんに羽が生えて空を飛ぶ)を持ち込んだオゾン監督、今年は『Le Refuge 逃げ場』でシリアスドラマに挑んだ。
 ヘロヘロのヘロイン中毒のカップル、メルヴィル・プポーとイザベル・カレ。オーバードーズで彼が死んでしまう。生き残った彼女は妊娠していることを知る。彼の実家は大ブルジョワで彼女を冷たくあしらう。生むべきか生まぬべきか…。生むことを選んだ彼女は、パリを遠く離れて海辺の家に独り身を潜める。そこに義弟が訪ねてくる。彼は亡き兄を慕っていた。二人が愛した死者が残したおなかの子を間にして、残された二人の喪の儀式といえるような時間が流れる。そして、この物語の結末は…。
 多作のオゾンの新作を、ロメールの新作を楽しみにしていたのと同じように待つ(吉)を、彼も裏切らないが、ロメール映画の悦楽にはまだ遠い。大作(『8人の女たち』や撮影中の最新作)から今回のような小品まで器用にこなすオゾンだが、彼に欠けているのはロメール的なストイックさかも知れない。などと勝手にファンはつぶやく…。(吉)