シュルレアリスムの大家、マックス・エルンスト(1891-1976)は、1933年夏、3週間の北イタリア滞在中に『Une semaine de bonté 慈善週間』と題する184点のコラージュを制作した。平均すると、1週間で60点制作したことになる。驚異的な速さだが、それは、白紙から始めるコラージュと違い、全面的な下絵となる作品があったから可能だった。
フランスにも、19世紀には新聞連載小説があった。毎回、その場面に合った挿絵が付き、完結すると単行本として出版された。今では忘れ去られた、殺人、災害、嫉妬など、暗いテーマがふんだんに盛られたもので、エルンストはこの種の本を集め、一部をまるごと下絵として使い、一部を切り抜きに使った。エルンストは本家取りして、文章のない「コラージュ小説」にした。題名は、1927年に設立された慈善団体〈Semaine de la Bonté〉 に符号しているが、エルンストが描くのは、慈善どころか、性、暴力、欲望、恐怖や悲痛に、鳥、竜、水、植物が交錯する悪夢のような世界である。
旧約聖書の創世記の天地創造の7日間に対応するような7話の物語にはそれぞれテーマがある。第1話の日曜日は基本要素「泥」、一例「ベルフォールのライオン」。普仏戦争時のプロシャ軍に対するベルフォール市の抵抗を象徴して市の岩に彫られたライオンが、ここでは権力の象徴として表されている。勲章で飾られたライオンはわかりやすすぎて、面白くない。
エルンストの本領発揮は、火曜日の「火」あたりから。左下に小さく記された数字で、順番をたどることができる。元の小説があるのだから、順番を追えば筋書きが見えてくるだろうと思ったが、とんでもない。かといって、想像力を自由に羽ばたかせることができるのでもない。蛇の冷血に思考を停止させられて、頭のどこかが麻痺したまま、目の前で意味不明の情景を見せられているような感じなのだ。
すべてエルンストが制作した版画ではないかと見惑うほどの緻密な作業だ。どこがコラージュされた部分かは、しゃがんで下から見上げるとわかる。意外に少なく、加えられた部分が3、4カ所の作品もある。それでこれだけ独特の世界を創りあげたエルンストの才能は見事なものだ。(羽)
オルセー美術館:9月13日迄。9h30-18h。月休。
Collage tiré de Une semaine de bonté L’eau 26 1933
© Isidore Ducasse Fine Arts Photo Peter Ertl. © ADAGP, Paris 2009