Claude Berri– フランス映画界の核だった監督・製作者の死。

 昨年も『Bienvenue chez les Ch’tis』を大ヒットさせた名プロデューサー、クロード・ベリが1月12日、脳血栓障害で亡くなった。74歳。 アステリックス・シリーズのように大衆受けのする娯楽作品だけでなく、興行的に危ういような作品も多く手がけている。チェコの監督ヤン・ニェメツによる「プラハの春」のドキュメンタリー映画『プラハのためのオラトリオ 』(1968)、ポランスキー監督の『テス』(’79)、最近ではケシシュ監督の『la Graine et le mulet』(’07)。監督作品としては、コリューシュが熱演した『チャオ・パンタン』(’83)、エマニュエル・ベアールが初々しかった『愛と宿命の泉』(’86)、ゾラの原作による炭坑夫の闘いを描いた『ジェルミナル』(’93)が名高いが、彼の長編処女作で、主演したミシェル・シモンの渋い演技が忘れられない『老人と子供』(’66)が最高傑作か。この作品はベルリン映画祭で金熊賞を得ている。
 クロード・ベリ(本名はクロード・ラングマン)は、1934年パリのユダヤ人家庭に生まれる。父は毛皮職人だった。しばらくは毛皮職人の見習いもやったが、同時に演劇学校に通い、最終的に俳優、そして演出家の道を選ぶ。「俳優として成功していたら演出に手を出したかどうかわからない。俳優業だけでは食べられなかったから演出や監督をやるしかなかったんだよ」。1988年にはカンヌ映画祭の審査員、2004年から2007年にかけてはシネマテークの館長に就任し、映画の新生に力を尽くした。(真)

写真:クロード・ベリの死を告げる1月13日付リベラシオン紙の表紙。