フレッドの精緻な鉛筆画、セシルの独自の審美眼。 “Fred Deux-Cecile Reims”

 本格的な美術展がまだ始まっていないパリで、一番おすすめの展覧会がこれ。半世紀にわたって仕事も生活も共にしている素描家の夫と版画家の妻の回顧展だ。モンマルトルの美術館とマレ地区の画廊で同時開催されている。
 パリ郊外の貧しい労働者家庭に生まれたフレッド・ドゥ(1924-)は、幼いころから素描を始めた。工場労働者だった第二次大戦中、レジスタンスに加わる。彼より3年後にパリで生まれた妻のセシル・ランス(1927-)はユダヤ系。幼いころリトアニアの親戚に預けられた後、フランスに戻り、南仏でシオニズム運動に身を投じた。ついにはパレスチナに渡ってイスラエルの建国に立ち会うという波乱の人生の後、1951年、パリでフレッドに出会った。
 このとき、セシルはビュラン彫りをマスターしており、フレッドはシュルレアリストたちと交流していた。1966年、自作をビュラン彫りで銅版画にする人を探していたハンス・ベルメールに、フレッドはセシルを推薦する。今回の展覧会では、こうしてベルメールの公式銅版画職人になったセシルの作品が展示されている。ベルメールの世界を忠実に再現した彼女の技術は圧巻だ。
 フレッドの作品は気が遠くなりそうなほど細かい鉛筆画だ。子宮の中に男の頭があったり、尻部が脊椎になっていたり、人の頭が植物の葉でできていたり、脚から月経血のような塊の赤が出ていたりする。人間の体に植物世界、動物世界が絡む。性的だが、そのものズバリのベルメールに比べると性の出方に抑制がきいている。脚の中にアフリカ彫刻のような人物がいるというような、アフリカ彫刻からインスピレーションを得たものもある。最盛期は、精緻な構成の中にゆるぎない筋が通っているのがわかる、1960年前後から80年代までだ。
 セシルは、フレッドの作品も銅板にしている。作家としてのセシル・ランスは、夫から影響を受けたと思いきや、意外に清々しい。眼球のない目の下に花のような眼球がいくつも並んでいるシュルレアリスム的な作品にも、枯れ木の風景にも、独自の審美眼と力強さが感じられる。(羽)

Cécile Reims, Dangers, Autoportraits, 1983 d’après Fred Deux.
Burin et pointe sèche.
Editions Pierre Chave

Galerie Alain Margaron : 5 rue du Perche 3e
10月31日迄。月休。
Halle Saint-Pierre : 2 rue Ronsard 18e
3月3日迄。 無休。


 

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