9月12日、初めて訪仏のベネディクト16世はサルコジ大統領に歓待され、元神学校コレージュ・デ・ベルナルダンで700人の文化・知識人を前に「西洋文化の根源にあるキリスト教」を強調、(地動説を是認したガリレイが宗教裁判に付されたことには言及せず)、信仰心を無視することは「科学の降伏」にひとしいと説く。13日、25万人余が集まったアンヴァリッド前庭で土曜ミサ後、ノートルダムで晩課ミサ(広場に約5千人)を行い、ルルドに飛んだ。
1858年ルルドの洞窟でベルナデット・スビルーの前に聖母マリアが出現したという伝説発祥150周年にあたり国外からのキリスト教徒や心身障害者も含め約20万人の前でもローマ法王は、「フランス国家のアイデンティティの根元にはキリスト教がある」と断言する。全国から集まった司祭たちには、彼らの間で意見が分かれる再婚者の婚礼ミサや離婚者の聖体拝受について、それらを認めない宗教的規律の遵守を呼びかけた。婚姻者の半数近くが離婚している今日、教会から彼らを締め出すことによって宗教がますます市民生活から遠のいていくのは避けられない。現代物質社会の矛盾のなかで進歩派(還俗)と保守派とに分かれる司祭たちに、法王はカトリックの再強化と一体化を要請している。
1982年以降バチカンでカトリック教義の番人、聖省長官を務めたベネディクト16世は、「空飛ぶ教皇」と呼ばれ民衆の中に入っていきカリスマ的人気のあったヨハネ・パウロ2世に比べ、教条主義・伝統主義者として知られる。以前バチカンに破門されたカトリック原理主義派に手を差しのべ、ラテン語によるミサも認めている。
1905年制定の政教分離法により国家の中立性が確立されたと同時に宗教の自由が保障された。今日、脱キリスト教化が進むフランスでメディアを総動員してのローマ法王の訪仏に際し、大統領は「信仰抜きの生活は無分別、文化・思想に背く。…人間を尊重し統合し話し合える〈ポジティブ(建設的)な政教分離〉を呼びかけたい」と表明。この公式発言に左派政治家や教育界は「政教分離に形容詞は不要」と反発。オランド社会党第一書記も「自己超越は宗教だけの独占ではない」と批判する。法王も共鳴する「建設的政教分離」構想は、保守派の核をなすカトリック層を極右ルペン派に代って吸い上げる政治的戦略とみる向きが多い。
ナチズムを経験したベネディクト16世は、共産主義とその崩壊、イスラム原理主義が台頭する今日、消滅寸前にあるカトリック教を再建できるか。リベラシオン紙(9/17)に行政学院研究部長グリエビンヌ教授は「政教分離制民主主義は不安や動揺を招くかもしれないが、宗教・イデオロギー的絶対主義がなした弾圧や悲劇は一度ももたらしていない」と書いている。(君)