ここの店を私がやるようになって10年ちょっとです。私自身は肉屋の見習いを13歳半か14歳のころから始めました。最初は16区にある大きな店で、大きすぎて何も教えてもらえなかった。ひたすら掃除と配達ばかり、肉なんて触ることもできない。それで2カ月でやめて同じ16区のベルフイユ通りにあるもっと小さな店に移ったのです。主人と従業員が一人に見習いの私、それでいろいろなこともやってみることができた。そして2年勉強してC.A.P.(09)の試験を受けて合格すれば肉屋で仕事ができるのです。昔は試験までに3年見習いをやらなければいけなかった。その後17区の肉屋で仕事をして、1995年ごろ同じ17区で営業権を買ってこの店を開いたわけです。
肉屋の仕事をしているとケガはつきもの。私の右のひじにも左のひじにも切り傷があります。これは主人がとなりで包丁を使っていてちょっと大袈裟に動いて私に当たって切れてしまった。それから昔はこの鎖で作った手袋をつけることが規則だったんです。今は使う人もいないけど。この作業台もいつも使うこことここはすっかり削れてしまって窪んでます。
仕入れは週に一度、今度は木曜日に配達されます。今来てもらっている仲買人とは20年来のつきあいですよ。彼はわたしが何を欲しているかよくわかってますから。肉は届くとこの冷蔵室に入れて処理するのです。いつも牛の全身の四分の一が来ます。そこに下がっているのがそうで、腹から尻にかけての半分です。そうでないと床までとどいてしまいますから。これでだいたい120キロくらいです。ここから私とジェラールの二人で必要に応じて切り出していきます。
この店では鳥肉、豚肉、豚の加工肉(ハム・ソーセージ)、牛肉を扱っているけど、いろいろな種類を同時に扱っている店は多くはありませんが、それほど珍しいわけでもありません。この店舗の賃貸契約書に業務内容がはっきり書かれていて、それ以外のことはできないわけです。店舗の賃貸料もけっこうかかるので、たとえばこの数軒先のチーズ屋さんも少し前に家賃が払えなくなって店を閉じてしまったのです。数年前の「狂牛病」の時はたいへんでした。お客さんがすっかり減ってしまって、扱っているのはフランス産の牛だけ、と強調しても、いったんメディアで「狂牛病」のイメージがこびりつくとお客さんはなかなかもどって来なかった。今はもうだいぶよくなりました。
私たちのような店ではお客さんがいつも安心して買いに来てくれることが一番大事。今はチェーン店や大規模店舗が増えて、私たちのような小売はどんどん減ってきている。若い人も辛い仕事をやりたがらないしね。チェーンではどこの店に行っても品物は同じだからお客さんは一つの店に決めるということがない。仲良くなっていろいろ世間話したり、この肉ならこんな料理とか、今晩はポピエットにしたらいかがですかとか、いろいろジョークを飛ばしたり、そういう楽しみがなくなってしまうのは寂しいよね。ここではずいぶん手間がかかるけど、店頭の肉には全部ラップをかけて乾かないように、新鮮さを保つようにしてます。これもお客さんをひきつけておくための工夫のひとつです。(公)
お客のアンヌさんとジョゼフさん
お肉はお肉屋さんで買わなきゃ。スーパーで買っても、味気ないでしょう。こうやってお店に来ては、今日は何がおすすめか聞くの。(ア)
私たちは、レジスさんのお店に来ることが、日課のようになっている。狂牛病? 僕らの歳になったら、もうあまり関係がないねえ。レジスさんの店で買う限り、心配はないよ。(ジ)
レジ係イレーヌさん
私はこの商店街で育ったの。ここに勤めて7年、ここのお客さんは全部知っているわよ。(電話が入る)こんな風に電話で注文を受けて、レジスに用意してもらうこともあるの。それでお客さんが午後に取りにくるのよ。最近はこの界隈もポルトガル人、アフリカ人と、賑やかでしょ。外国人が、各々の料理に合わせたお肉の買い方をするのを見るのは楽しいわ。もちろんお客さんが私にもレシピをたずねることも多いわよ。ここは、今日みたいに日曜も午前、午後と開いているから、レジスに会いに、時間のある友人がこうして遊びに来るのよ。ここではさまざまな種類のお肉と一緒に、臓物屋ではないけれど、レジスの「ハートcœur」も売っています。
配達業者ジャン=ピエールさん
彼とは20年来の関係だよ。僕は17区のおおよそのお店に配達しています。現在、肉屋さんが直接ランジスへ行くことはまれ。ただでさえ朝早くから夜まで働いているからね。僕の仕事はお昼で終わり。空っぽのトラックを見たでしょ、この店はいつも最後に来るんだ。レジスの冷蔵庫を見て何を買ってくるか大体は決めてしまう。もちろん彼とも相談してね。
「レジス、知ってる? 日本の牛はビールを飲むそうだ!そしてマッサージをしてもらう。おれの息子がそう言っていたよ。彼は料理人だろう、醤油を使う料理コンクールで1位になって、賞品の日本旅行先でそれを知ったそうだ」(JP)「へえ、日本人が肉を? 魚しか食べないんじゃないの? 知らなかったよ」(レジス)