Jean-Jacques Servan-Shreiber– フランスのケネディーといわれていたが…。

 11月7日、ジャン=ジャック・セルヴァン=シュレベール JJSSがフェカンの病院で82歳で亡くなった。JJSSは、1924年にパリで生まれる。1945年にレジスタンスに加わり、戦後はジャーナリストの道を歩む。1953年には、当時の恋人フランソワーズ・ジルーと、インドシナ戦争の和平解決を説くマンデス=フランスを支持する目的で〈レクスプレス〉誌を創刊。カミュやサルトルなども寄稿する、フランスで初のニュースマガジンの誕生だった。「あれだけいつも力がみなぎっていて、くじけることのない人間を見たことがない」と論客の一人、モーリアックは語っている。
 1967年には『アメリカの挑戦』を書き、アメリカの強さを讃え、グローバリゼーションを見通した。ルックスの良さとみごとな弁舌ぶりでフランスのJFKを目指し、1970年には国民議会議員に。欧州統一貨幣、地方自治強化などが変わらぬ主張だった。1974年のシラク内閣で改革相に就任するが、核実験に反対して12日後に辞任。1978年には国民議会選挙で落選し政界から遠ざかる。それ以降は長い闘病生活が続き、マスコミにも登場することのないさびしい晩年だった。(真)

彼が創刊した
エクスプレス誌は
追悼号。