ランプリングの魅力。 “Desaccord Parfait”

 シャーロット・ランプリングは気になる女優だ。クール・ビューティーの権化のようだった若いころもさることながら、フランソワ・オゾン監督の『まぼろし』で大復活してからのキャリアがまた目を惹く。オゾンに言わせると「(他の同年代の女優とちがって)彼女はいっさい整形せずシワさえも自分のものにしている。そこが最大の魅力」ということになる。確かに彼女は堂々としている。この年齢にして「脱ぐ」ことを厭わない。そんな彼女自身のパーソナリティーをそのまま上手に反映させた『Desaccord Parfait / 完璧なる不一致』を愉しく観た。受けて立つ相手役はジャン・ロシュフォール。
 この二人、70年代に「時のカップル」として世間を騒がせたが、映画監督の夫の女好きに耐えかねて離婚した彼女は、その後イギリスで大女優に。30年後、彼がイギリスで賞を授与されることになり彼女がプレゼンターに指名される。主催者が仕組んだ洒落た演出のはずだったが…。この二人、一筋縄ではゆかないエゴの塊、冷静を装いながら、30年を隔てた互いに対する想いが徐々に表面化してくる。恨み辛みもさることながら、一度は大恋愛をした相手に対する愛情のようなもの…。とくとランプリングとロシュフォールのパフォーマンスをお楽しみ下さい! もう一人マークしておきたいのが、息子役のジェームス・ティエレ。彼はチャールズ・チャップリンの孫。祖父の血を正統的に受け継いだ磁力がある。監督のアントワーヌ・ド・コーンは、TV(Canal+)で一時代を画した後、俳優として監督として映画に進出。「ユーモア」が彼の特質なのに、なぜか「シリアス」を好んで選んで不発に終わっていたのが、監督3本目の本作で(やっと?)本来のセンスをもってして花開いた感じだ。(吉) 
●Alimentation Generale

 怒れる若者、炎上する車。日本に流通する郊外のイメージは型にはまったもの。だが本ドキュメンタリーはそんな紋切り型に背を向ける。エピネー・シュル・セーヌの団地の小さな食料品店。アルジェリア人店主アリがいれるコーヒーをすする客たち。常連たちは陽気で世話好きなアリが大好き。そんな彼らの日々を、定点観測でビデオカメラに収めること約5年。女性監督シャンタル・ブリエは、美化や悲嘆の感情から距離を置きつつ、郊外の現実を静かに見守る。だが全体に流れる温かい雰囲気の中にも、シテで生きる孤独な人々の影がはっきりと刻まれ、多分に政治的な作品に仕上がっている。(瑞)


Jean-Marc Barr (1960-)
 ジャン=マルク・バールは自由の狩人だ。映画『グラン・ブルー』旋風が吹き荒れたのが1988年。伝説のフリー・ダイバーに扮しキラキラ瞳で無垢な魅力を振りまいた彼は一躍時の人に。だが周りが勝手に貼り付ける理想の男性像を払拭しながら、以後は自分にとっての映画を自由に追い求める。アメリカ人父とフランス人母を持つハーフだから、次は誰もがハリウッドかと思ったが、矛先はインディペンデント界に向かった。        
 1991年、鬼才ラース・フォン・トリアーと意気投合し、映画『ヨーロッパ』に主演。以後もトリアー監督のもとで、禁欲的な規則に沿うことで作家性を際立たせる映画運動「ドグマ95」の薫陶を受ける。俳優の活動(髪が薄くなってからはホモセクシャル役がはまり役?)と平行しながら、2000年には『ラヴァーズ』で念願の監督デビュー。デジタルカメラの自由さを享受し、続く『Too Much Flesh』、『Being Light』と「自由についての三部作」を完成。そして思春期の性を見つめた4作目の『Chacun sa nuit』でも、自由への希求を胸に、常に「ノーマルさとは何か?」と問い続ける。近日公開の出演作はトリアーの『The Boss of all』とアルノー・デ・パリエールの『Parc』と、両者とも期待度が高い。(瑞)