CPEドタバタ劇、大山鳴動ネズミ一匹?

 ドビルパン首相が1月、26歳未満新雇用契約CPEを含む機会均等法を発表、3月に事前協議なしに緊急成立させたその性急さの裏に、大統領選与党候補ライバル、シラク大統領も疎むサルコジUMP総裁兼内相(95年大統領選で対抗馬側についたので現大統領にとって裏切り者)に先手を打つ魂胆が見え見え。
 3月末には全国の高校生から労働者まで約300万人が街を埋め、大学は学内封鎖で学期末試験見送りも辞さず、68年革命再来? とメディアは囁く。デモ隊がCPE撤回! 首相辞任! と叫べば叫ぶほどドビルパン首相は目も耳も固く塞ぎ、大統領が可愛がる利かん坊「息子」(大統領自身も認める)を演じきる。
 3月30日、憲法評議会の同法合憲の回答が下るや、待ってましたとばかり大統領は翌日同法を布告し「息子」の顔をたてる。が、その場で施行を控えるよう指示。CPEの試用期間2年を1年にし、解雇理由の提示を義務化するなどCPE改正案作成を与党に依頼。布告>施行禁止>与党に再案依頼と、民主主義は何処へやら、違憲とみられる大統領の独擅場に外国のメディアも仰天。しかし大統領のおどおどした表情には、一度も選挙の洗礼を受けたことない官僚育ちで強情張り、エゴ丸出しの「息子」への気遣いがのぞく。フランスがイラク戦争反対を貫いたのは、ドビルパン首相の頑固さのおかげだったのでは?
 ドタバタ劇はまだ続く。首相が悪戦苦闘の中、サルコジ内相は妥協姿勢をちらつかせ、せっせとCPE反対組合・学生代表に電話し自分の方に手なずける。シラク・ドビルパン・サルコジ3人の船長が難破船の舵を取り合いしている図が浮かび上がる。
 4月7日、両院与党代表と雇用関係相が19団体と協議を始めた翌日の晩、ボルロー雇用相のテコ入れでエリゼ宮がマッタをかける。 いまや黒衣が必要な首相に、「低学歴や就職に不利な地域の若者の雇用援助措置でCPEを差し替える」と発表させ、暗礁から脱出。
 大統領は68年級の大デモと国民72%の反対意見に折れる。CPEの撤回も廃止もせず首相の首は飛ばずにすんだものの、みすみすサ
ルコジ内相におカブを取られ、首相念願の大統領選候補への道に亀裂が入る。
 シラク大統領は02年大統領選決選で極右ルペン候補のおかげで82%票を得て再選したが、ほとんど公約は果たされず国民にはマイナスの面ばかり思い出される。大統領・首相の二人三脚で進められたCPEの破綻で、シラク大統領への支持率も第5共和国始まって以来最低の25%。来年春に控えている退任の花道を飾るのはむずかしそう。(君)

sine die
(シネ・ディエ 副詞句)

 新聞の見出しに〈Dominique de Villepin repousse le projet sine die〉とあった。”sine die” はラテン語からきた副詞句で、プチ・ロベールには “sans fixer aucune date precise(はっきりとしたどんな日付も決めることなく)” と定義されている。見出しを訳せば「ドヴィルパンは法案を無期限に延期」となる。ラテン語からきた副詞句には、他にも「同上、同じく」という意味の “idem(略はid.)”、「その他、…など」という意味の “et cetera(略はetc.)”、「概略的に、大ざっぱに」という意味の “grosso modo”などがある。”je veut expliquer grosso modo de quoi il s’agit(問題点を大ざっまに説明させてもらいます)” (真)