一見穏やかに見える作品だが。 “Pierre Bonnard”

 ボナールは日本人に人気がある。三岸節子をモデルにした芝木好子の小説『火の山にて飛ぶ鳥』には、主人公の色彩が「ボナールばり」と形容されている箇所がある。(羽)も、ほどほどに好きだった。「だった」と過去形にしたのは、パリ市近代美術館のボナール展を見て、この画家についての印象が複雑に変わってしまったからだ。

 油彩90点を集めた回顧展ともいえるこの展覧会では、室内風景、浴室の裸婦など、作品が主題別に展示されている。芸術家の庇護者ミシア・セールやロシアのコレクターの注文を受けて描かれた巨大な作品を過ぎ、1910~20年代の裸婦像を見終えたあたりで、もう帰りたくなった。これがボナール?
 壁画のような巨大装飾画には、密度の強弱がない。画面の要素は、みな同程度の投げやりさで扱われている。そのため、鑑賞者の目は、散漫に画面をうろつくハメになる。踊っている子供たちも、猫も山羊も、動いておらず、画面に張りついている。戸外風景は、作者自身が植物に侵食されたかのように、漫然としている。
 浴室の裸婦も静止している。1916年の「浴室の裸婦」では、香水ビンだけが奇妙に精彩を放っており、目は裸婦から逸らされてしまう。
 しかし、ここで帰ってはいけない。後半に、記憶に近いボナールがあり、ほっとする。
 生涯の伴侶マルトが浴槽に長々と身を沈める裸婦シリーズでは、光を浴びて螺鈿(らでん)のように輝く肢体と浴室が、恍惚感を味わわせてくれる。
 ボナールは鏡をよく使った。「カフェ〈オ・プチプセ〉」では、鏡に映したように見えるが、実際には鏡に映ったとおりではないシーンが描かれている。
 そこを、本当はどうなのかと分析し始めると袋小路に陥る。制作時に深い思惑があるようで、ない。細かく追求すると、くるりとかわされる。題材や色彩から、とっつきやすい印象があるが、この展覧会では、そうではないボナールが現れている。
 「歌っている人が必ずしも幸福とは限らない」と、いみじくもボナール自身が言ったように、一見穏やかに見える作品には、コミュニケーションを阻むような何かがある。(羽)

Nu dans le bain 1936-1938
Musee d’Art moderne de la Ville de Paris
Phototheque des musees de la Ville de
Paris/ Cliche Charles Delepelaire
C: ADAGP, Paris, 2006

パリ市近代美術館 : 11 av. President Wilson 16e
7月5日迄(10h-18h、水22hまで)、月休。

Galerie Denise Rene  現代美術の老舗の画廊。1944年にヴァザルリ展でオープンして以来、キネティック・アート、幾何学抽象美術を扱ってきた。創業者のドニーズ・ルネ氏は今も健在。
 歴史に残る作家も、新進作家も取り上げている。エルバン、ティンゲリ、菅井汲、モルテンセンなど。ヴァザルリが、オープン当時からアドバイザーだった。抽象美術の発展に大きく貢献した画廊だ。
 1957年には、オランダの美術館の協力を得、初のモンドリアンの個展を開くという、フランスの美術館がなしえなかった企画を実現した。
 ルネ氏の業績を讃えて、2000-01年、「20世紀美術の形と動き-ドニーズ・ルネへのオマージュ」と題された展覧会が、日本で、つくば美術館など3美術館を巡回した。
 マレとサンジェルマン大通りの2店を統括するのは、フランク・マルロ氏。
マレの方では、3月25日まで、アテネで制作するミカリス・カツラキスの個展を開催。さまざまな灰色が美しい。きりっとしていて、構成も質感も堅固でありながら、明るい。「マレ地区では比較的若い作家を取り上げています」とマルロ氏。(羽)


22 rue Charlot 3e www.deniserene.com
●Steve MCQUEEN (1969-)
 従来の映像の概念と異なるアプローチでビデオ作品をつくり続けるイギリス人黒人アーティスト。生物の胎動を感じさせるようなマックイーンの近作。3/11迄。
Galerie Marian Goodman :
79 rue du Temple 3e

●Cristina Garcia Rodero (1949-)
 ハイチのブ−ドゥ−文化など、祭礼や宗教儀式の優れたルポルタージュ写真を撮影してきたスペイン人女性フォトグラファー。1989年ユージン・スミス賞受賞。その力強い作品は現代美術界からも注目されている。
3/25迄(日月火休)。
Galerie Vu : 2 rue Jules Cousin 4e

●Rembrandt et la Bible

 レンブラント(1606-1669)の生誕400年にあたる今年、本国オランダでは展覧会がめじろ押し。パリのオランダ会館では聖書の逸話を描く銅版画を展示。3/26迄(月休)。
Institut Neerlandais : 121 rue de Lille 7e

●Jean-Auguste-Dominique INGRES
 ルーヴル所蔵作品はもちろん、アングル(1780-1867)の主要作品を世界中から一堂に集める。絵画80点、デッサン104点。40年ぶりの大回顧展。5/15迄(火休)。
ルーヴル美術館

●Dora Maar/ Picasso, 1935-1945

 スペイン内乱から第二次大戦終戦までの時代をともにし、シュルレアリストとして芸術的価値観を共有、モデル、愛人であったドラ・マールの存在が遍在する10年間のピカソの作品。『ゲルニカ』、『泣く女』など250点。5/22迄(火休)。
ピカソ美術館 : 5 rue de Thorigny 3e

●横尾忠則 (1936-)
 1960-1970年代にイラストレーター、グラフィックデザイナーとして前衛的な作品を発表。浮世絵から西洋のポップカルチャーまで様々なイメージを混合し、戦後日本の大衆性や土俗性を反映した作品で海外でも高く評価される。1982年の画家宣言以後は表現手段を絵画に移行。1990年以降の絵画作品を中心に、ポスター、イラスト、ブックデザインなど幅広く展示。ヨーロッパ初の個展。3/4~5/28(月休)。
Fondation Cartier: 261 bd Raspail 14e

●Cezanne et Pissarro
 1861年に知り合ったピサロ(1830-1903)とセザンヌ(1839-1906)。年長のピサロはセザンヌの良き理解者、助言者であり、セザンヌはピサロの創作に大きく影響を与えていた。ふたりの作品およそ60点を対峙させ、その関係を見る。5/28迄(月休)。
オルセー美術館