●Petr Kral “Notions de base” 毎年のことながら、自分が読むにしても、人にすすめるにしても、秋の新刊シーズンに本を選ぶのはむずかしい。ウエルベックの話題の新作から11月の文学賞候補はもちろん、ノンフィクションなども数多く出版されており、あまりにも多すぎて、逆にこの時期は本が読みたくなくなるくらいだ。そんな時に惹かれたのが本書。 これは1968年からパリに住むチェコのシュルレアリスト詩人ペトル・クラールの最新の「散文集 proses」で、日常生活の100以上のテーマについて短い語りが寄せ集められている。巻末につけられているアルファベット順の索引の一部をみればその多様さ、幅広さ、繊細さが窺えるだろう。例えばCの一部、「La chemise, Coince, Le con, Le concert, Conquerir, La corbeille, Les couples, Le crepuscule, Le cure-dent」(シャツ、身動きできない、女陰、コンサート、征服する、ゴミ箱、カップルたち、黄昏、爪楊枝)。さらに、このなんとも独特な本書の雰囲気を感じてもらうために、「最後の一滴」という一節を訳してみよう。 「専門家によると、空になったようにみえるワインの瓶からは必ず32滴取り出すことができるらしい。それに必要な時間をかけるだけでいいという。さらに、最後から二番目と最後の一滴の間には6時間待たなければならないこともある、と専門家はいうが、これはどこかで一つの人生が流れるのに十分なくらいの時間だ。君と僕だけ、まさに僕たちが飲み終わろうとしている時、酒瓶をグラスの上に掲げて耳を澄ましている時、もう少し遠くでは僕たちは最後に愛し合っている最中だ。けれども、ついに空になった瓶を置く前に、僕たちは限りなく生きるし、僕たちの愛は無限だ」 読み終えると、存在の感覚が研ぎ澄まされる作品、秋の夜にふさわしい作品だ。(樫) *Encyclopedie existentielle de la quotidiennete(日常性の存在事典)は、Milan Kunderaが本書の前書きで使っている表現。 |
Flammarion, 224p, 2005, 16€ |