空っぽになったパリの街を闊歩するのもいいけれど、日中の散歩は日差しが強くて肌に悪そうだし、おまけに暑くて頭がのぼせてしまう。こういう時、涼むことができる映画館の存在はありがたい。おまけに夏はリバイバル映画や特集の宝庫、ロードショーにはない醍醐味がある。
まず一番のイベントは、やはりジャック・タチの『プレイタイム』と同監督作品の特集だろう。『プレイタイム』をあらためて見直して、この作品にタチが傾けた情熱に感動し、完璧を追求する執念に鳥肌がたった。この素晴らしい作品が公開当時なぜ好評を得られなかったのか?タチは報われなかった天才なのだ。
パゾリーニの生誕80年を記念して「生の三部作」(『デカメロン』『カンタベリー物語』『アラビアンナイト』)と『ソドムの市』が一斉に公開されている。サド侯爵の描くソドムの世界を、イタリアのファシスト政権時代に移した『ソドムの市』は、その映像や内容のショッキングさに、公開直前に起きたパゾリーニの殺害事件が加わり、「スキャンダラスな作品」というレッテルを貼られてしまった。強者が弱者を支配する、という人間関係の極端な例がファシズムにあたるのかもしれない。支配する側も支配される側も愚かで哀しく、生の喜びも死に対する恐怖もそこにはない。人間の感情を殺してしまう、全体主義の恐ろしさを皮肉に批判するパゾリーニの視線がそこにはある。
リバイバル作品では、黒澤明の『影武者』ディレクターズカット版を見逃したくないし、特集では、カルチエ・ラタンの2館でかかっている探偵映画特集 “Les cent jours du polar&Festival neo-polar” も面白いプログラムを組んでいる。
今年で10年目を迎えるEtrange Festival(8/25-9/10 www.etrangefestival.com)は、『L’Ile 魚と寝る女』でフランスでも注目を浴びたキム・ギトク(金基徳)監督をはじめとし、俳優ジャン=ルイ・トランティニャン、日活ロマンポルノを支えた小沼勝監督などへのオマージュ。
残りの情報は毎水曜日に “Pariscope” などの情報誌を買ってまめに研究。ではよい映画の夏を!!(海)
『プレイタイム』●Elling
精神病院で同室だった二人の男が、オスロ市からの援助で社会復帰を図ろうとする。40代のエリングは母親の死によって自分を見失っている。相棒のキエルは興奮すると凶暴になる。この二人の一風変わった共同生活が始まる。やがて一人で外出できるようになったエリングは、詩の会で友人をみつける。キエルは上階の妊婦と恋に落ちる… 。こんなふうに、二人はゆっくりでも確実に社会へ溶け込んでいく。
私がこの作品を気に入ったのは、そのさりげなさにある。男二人の間に芽生える友情以上の愛情や、嫉妬、落胆や喜び…など、すべてが無理なく素直な感情や動作になって、それぞれの役者(P・クリスチャン・エレフセンとS・ノルディン)から発せられる。監督のペーター・ナエスよりも役者の演技に負うところの大きい作品といえる。こんな話があってもいいな、こんな話に遭遇したら楽しいだろうなと思わせる魅力がある。(海)
● 野外上映会ふたつ
まずラ・ヴィレット公園の芝生で開かれているCinema en plein air(www. villette.com)では、「ボーダーレス」というスローガンが示すように東西南北から集まった新旧映画作品が月曜日を除く毎晩22時から上映されている。これからの見ものは『博士の異常な愛情』(8/3)、『大いなる幻影』(8/5)や『ザ・フライ』(8/11)。最終日(8/25)には『地獄の黙示録』の完全版が用意されている。
もうひとつ、パリ・ビデオテック主催のCinema au clair de lune(8/6~25 www.forumdesimages.net)は、「作品の舞台となった場所で上映する」というちょっと洒落た野外上映会だ。メルヴィルの『サムライ』を13区のショワジー公園で(8/13)、ロメールの『満月の夜』をモンスリ公園で(8/22)という具合。上映開始21h30で無料。映画を観る前や観た後に、ヒロインになった気分で界隈を散歩できる、というおまけつき。