第55回 カンヌ映画祭報告。

 メイン会場の大看板を黒澤明の『夢』の絵コンテの天使で飾った第55回カンヌ映画祭。去年は大賞受賞作『息子の部屋』をはじめ家族をテーマにした作品が目立ったが、今年は政治的な視線が色濃い年となった。コンペ部門に、怒れるイスラエル人アモス・ギタイやパレスチナのエリア・スレイマン(審査員賞、国際批評家連盟賞W受賞)が招待されたり、志高き突撃隊長マイケル・ムーアの『Bowling for Columbine』(第55回記念特別賞受賞)にはテロの映像が挿入されたり、またケン・ローチ、今村昌平などが参加する、同時多発テロを考える短編競作のプロジェクトがカンヌで発表されたりと、9・11の余波が感じられた。
 今年の大賞パルムドールに輝いたのはロマン・ポランスキーの『Le Pianiste』。こちらも強制収容所から逃れたユダヤ人ピアニストの話で多分に政治的。最終的に審査員長のデビット・リンチは、薄幸の巨匠のクラシックかつ自伝的な作品に敬意を表したようだ。実は大賞受賞の噂が高かったのがアキ・カウリスマキの『L’homme sans passe』。こちらは大賞につぐ二番目の賞、グランプリにとどまった。記憶喪失に陥りゼロから人生を再生する男が主人公で、過去の作品同様、孤独な弱者についてのお伽話。しかし、ドレスアップした成金カップルと物乞いする人々との対比が異様にグロテスクなカンヌで、本作の存在は皮肉にもみえた。
 そして平均的に満足値が高い作品が多い中、賛否両論だったのが、ギャスパー・ノエ、オリヴィエ・アサイヤス、アレクサンドル・ソクーロフの作品。ノエの『Irreversible』(劇場公開中)は、モニカ・ベルッチのリアルすぎるレイプシーンに気絶した御婦人もいたほどで、テレラマ誌も「耐えられない映画の限界」と不快を露に。ソクーロフの『Russian Ark』は、ワンショットのみで構成されたビデオ作品で、イマジネーションの豊かさといい、イメージの強さといい映画史に残る一本だと自分は感じたが、あまりに実験的すぎたのか評価が別れた。(瑞)

●Hollywood Ending
 今年のカンヌでオープニングを飾ったウディ・アレンの新作。10年来作品を撮っていない往年の名監督(アレン自身)が、別れた妻の助けを借りてハリウッドでカムバックを果たそうとするが、緊張のあまりクランクインの前日に失明してしまう。史上まれにみる大(予算)作と自分の作家生命を救うため、監督は目の見えないまま撮影を続ける…。
 ニューヨークッ子のアレンがハリウッドを斬る、というのは大げさだけれど、それでも彼のハリウッドへの皮肉な視点が所々に垣間見えて笑みがこぼれてしまう。ハリウッドでこきおろされた作品がフランスでは絶賛される、という最後の落ちは、アレン好きなフランスへの感謝のあかし? それとも、作品より作家を盲目的に絶賛するフランスへの皮肉?(海)

●L’Oiseau d’Argile
 今年のカンヌ映画祭監督週間のオープニング作品。バングラデシュ人監督トレック・マスドが、自身の少年時代を描く。イスラム教に傾倒する厳格な父、父には従順だが芯の強い母、建国への希望に燃える叔父、やさしい妹、少年たちにイスラムの教育を与えるマドラサで心を通わせる友…。抗生物質の投与を拒んだ父のせいで妹は死を迎え、友は心を病み、パキスタンからの独立戦争が起こり、古い慣習にしがみつく父との訣別が…。幸せだった少年時代が音もなく崩れていく。少年の心には重過ぎるだろうこれらの出来事が、大げさな演出なしに静かに描かれていくからこそ、私たちの心に残る痛みも大きい。アメリカ人の妻がプロデュースと編集を担当した。夫婦の二人三脚が生んだ佳作。(海)