ユーロに変わってから老眼鏡という持ち歩き荷物がひとつ増えてしまった。めがねをかけねば、小銭の区別がまったくつかない。サンチーム玉もユーロ玉もほとんど似ている。似すぎている。これは明らかなデザインミス。眼鏡をかけなければお釣りをごまかされてしまうかもしれない。かといって、かけたり、はずしたりするのは面倒なだけでなく、老けた気分になっていやなものだ。何千万、何憶人もの人が使うモダンな硬貨のはずなのだからもっと考えてくれていても良かったのに。老人軽視の硬貨なのか、とひがみも出てしまう。
娘に言わせると、それぞれのコインの側面の刻み模様が違う。なるほど、視覚障害者のための配慮はちゃんと行き届いている。それなら私もわざわざ眼鏡をかけるより指先の感触を訓練した方が早いか。
初老の女性が、がんばってきりもりしているパン屋が家の近くにある。お釣りを渡すのに、肉眼では小銭の区別がつかないので、最近はひもにつなげた老眼鏡を首から吊るしたままだ。「めがねをかけたり、はずしたり、一日中その繰り返しよ」と彼女はぼやいていた。
これからはヨーロッパで中老年組は、みんな眼鏡をぶら下げて歩き回ることになるのか。判別しにくいユーロ硬貨のおかげで携帯老眼鏡のデザインが発展するという皮肉な現象が起きるかもしれない。(丸谷和子)