一個のリンゴが枝の端に

 一個のリンゴが枝の端にぶらさがっていた。地面には、熟したり、虫に食われたりして自分の重みに耐えきれずに落ちたリンゴがあちこちにころがっている。パパの代に植えたというから一世紀以上経っているリンゴの木だ。そういうベルナデットさんは現在八七歳、元気はつらつで独身のせいか若々しい。ふだんはアヌシーに住んでいるが、夏の間はジュラ地方にある実家の古い家で庭いじりをしながら過ごすという。
 男一人、女三人の四人兄弟の末っ子。兄姉たちは結婚したり地方に移り、結局身軽な彼女が老いた母を見取った。九三歳と八九歳になる姉二人はまだ健在で、一人はマルセイユ、もう一人はドラギニャンに住んでいる。ベルナデットさんは長年ソシャルワーカーとして働いていたので夫を見つける機会がなかったというが、週末は友人と山歩きをし、若き独身生活を楽しんだようだ。そして人生の後期を過ごし、ほとんど歩けなくなった一番上の姉を家に招いて面倒をみている。
 一世紀に手が届こうとしている姉は、これまでの人生を長く感じないというが、気丈夫な彼女でも食欲と睡眠はわずか。起きているのか眠っているのかわからない感じで、分厚い眼鏡のレンズを通して遠くを見すえる姿は彫刻のようでもある。食事のテーブルでワインを飲まずに水を飲む妹に向かって「水は鉄のような健康を錆びさせる」と言って笑わせる彼女は、今でも毎食グラス半分のワインを欠かさない。
 生命力の限界を見極めるかのように生きつづける彼女に、もはや後悔はない。ただ辛抱強くそこに存在しつづける。引力に逆らうように、枝に残ったあのリンゴのように。(山川駿)