SE PAYER LA TETE DE QUELQU’UN
誰かを「箱に収める」ことに熱をあげているフランス人がいる一方で、からかわれるままにはされないフランス人がいます。彼らは « se faire marcher sur les pieds »(足を踏まれる=ないがしろにされる)ことが大嫌いで、 « monter sur leurs grands chevaux »(大きな馬に乗る=むかっ腹を立てる)ことをためらわず、《Tu vas arreter de te payer ma tête!》(私の頭を買うのはやめてほしい=馬鹿にするのはやめてほしい)とはっきり意思表示。この言い回しは《Tu te fous de moi (de ma gueule)? 》 というよりは詩的です。
昨年は果物や野菜が登場する言い回しを取り上げましたが、もちろん動物たちも、日常使うこじつけ的表現で大活躍しています。たとえば、 »un temps de chien » (イヌの天気=悪天候)、 »un chat dans la gorge » (のどの中のネコ=喉がつかえる、声がしゃがれる)、 »des larmes de crocodile »(ワニの涙=そら涙)、 »poser un lapin » (ウサギを置く=約束をすっぽかす)、 »des fourmis dans les jambes » (足の中のアリ=足がしびれてチクチクすること)、 »un canard boiteux » (びっこのカモ=落ちこぼれ、だめ企業)といった具合です。オオカミのように、日常生活の中ではほとんどお目にかからない動物も出てきます。 »un froid de loup » (オオカミの寒さ=凍てつくような寒さ)、 »une faim de loup » (オオカミのすきっ腹=ひどい空腹)。ブタだって例外ではありません。 »donner des perles (de la confiture)aux cochons » (ブタに真珠あるいはブタにジャム=猫に小判) という言い回しはよく知られています。でも性格がひどく悪い人を « tête de cochon » (ブタの頭) といいますが、なぜブタが顔を貸してくれるのでしょうね。
外見からいうと、かの有名な漫画の主人公「寄生獣」に見えないこともありませんが、 »Avoir le bras long » (長い腕を持つ)ことは、そんなにコワイことではなく、一部の特権者にかぎられてはいますが、ほかの人に影響力を持っているという意味です。天井の電球を交換しようというときは、まず何よりも人間関係をつくることが大切で、そうすると腕が長くなって踏み台がいらなくなるでしょう。
« avoir quelqu’un sur les bras » (誰かを腕の上にのせている)というのは誰かの面倒をみるという意味ですが、面倒をみることが、うれしいことはめったにありません。 »sur les bras »(腕の上)という言い回しも助けにはなりません。漫画的なので、いくらかその悲劇性を和らげてはいますが、逆に面倒をみるということの否定的な面を浮き上がらせてもいます。そのことをモリエールはすっかりわきまえていて、『いやいやながら医者にされ』にみごとなセリフがあります。
マルチーヌ:そのあいだ、わたしはどうして家事を切り盛りしたらいいんだい?
スガナレル:なんとでもお好きなように。
マルチーヌ:四人も子供をかかえてさ。(J’ai quatre pauvres petits enfants sur les bras.)
スガナレル:下へおろしたらいいじゃないか。 (Mets-les à terre.)
(鈴木力衛訳/岩波文庫)
