セリーヌの声

●Anthologie Celine 
 フランス、日本でも年々、セリーヌの読者は増えている。昨年はガリマール社の文庫シリーズのひとつ、Imaginaireシリーズでセリーヌの博士論文が再版されたが、先頃、すでに入手不可能であったセリーヌのレコードがCDで再版された。
 このCDでは、ミッシェル・シモンとアルレッティによる『夜の果てへの旅』と『なし崩しの死』の朗読を聞けるほか、セリーヌのインタビュー、そしてセリーヌ自身の歌声を聞くことができる。
 ここで聞くことができるフランス語は、Parigot (パリっこ) のアクセントである。現代の東京で生の江戸っ子訛を聞くことが希なように、この伝統的なパリ訛、現代のパリのアクセントの元であるとはいえ、パリでもなかなか耳にする機会のないアクセントだ。
 いわゆる庶民的フランス語 (francais populaire) をそのエクリチュールの母胎としたセリーヌ小説であるが、ミッシェル・シモン、アルレッティの朗読におけるパリっこ訛はこの庶民的フランス語の訛でもあり、読書だけでは読みとれないセリーヌ文学の言語的豊かさを明らかにしている。
 この庶民的フランス語の豊かさは、人間的である。論理的な修辞構造を蔑ろにするエクリチュール、はきはきとしないアクセント、これらは、いつも誰もが「正しい」フランス語を使っているわけではない言語的日常だ。つまり生の言語。そしてセリーヌ小説によって我々は、単にこうした言語の生々しさに触れる機会を得るだけではなく、それが文学的創造であることによって、文学がそうした日常の零度を創り出すことでも文学であり得ること、文学の可能性にあらためて感嘆させられる。(樫)

*Coffret de 2cd, sous la direction de Paul Chambrillon, Fremeaux & Associes, 2000