最新映画情報

●Le battement d’ailes du papillon
 メトロの中で前に座っている見知らぬ顔をみながら、この人とはこれが最初で最後の出会いかもしれない、とふと思うことがある。この作品は、そんな見知らぬ人間同士の偶然のすれ違いを描いている。郊外の電気屋に勤める若い女性 (オードリー・トゥートゥ)、流行らないピザ店を経営する男 (フォーデル)、カフェのカウンターに長居を決めこむ失業中の中年男、浮気相手に結婚を迫られ途方にくれる既婚男性、自分を偽ってばかりいる精神不安定な男、駐車場の夜警として働く美しい黒人女性…。詩的だし、面白いエピソードもあるのだが、ルルーシュやイヨッセリアーニ、オフュルスの『輪舞』のもつ熟練と技が、脚本にも演出にも欠けているからか、つながりがわざとらしくまとまりがないのが惜しい。ローラン・フィロードの処女長編。(海)
●Liste d’attente
 あなたはどんな世界を “ユートピア” と呼びますが?本作は「こういう形の “ユートピア” もありだよね」とニッコリさせてくれる技ありの一本。
 待てども待てどもバスは来ず。暑さとイラ立ちとため息だけが充満する、さびれたバス待合所。だが、乗客らがこの八方塞がり状況を打破しようと動き出したとき、何かが確実に変わり始める。
 映画を観ながら、「このユートピア・ワールド、一体どうやって映画的なオチをつけるのかしらん?」と余計な心配をしていたところ、あれよあれよという間にちょっぴりほろ苦くも、優しき現代のおとぎばなしに早変わり。『苺とチョコレート』で知られるキューバの鬼才T・G・アレア監督の鮮やかなストーリーテラーぶりに脱帽。(瑞)
●L’ame soeur
 人里離れたアルプスの山麓で、家族と共に暮らす聾唖の少年ル・ブエーブ。学校に通わぬ彼に読み書きを教える姉は、彼の “最愛” の人。だが単なる「兄弟」の境界線を飛び越えたとき、ギリシャ神話さながらの悲劇が二人を待ち受ける。
 「キャスティングに膨大な時間を費やした」とフレディ・M・ムーラー監督は告白しているが、まず俳優陣の素晴らしさに舌を巻く。ル・ブエーブ役のトーマス・ノックは役に入り込み過ぎ、撮影中は本当に監督の声も聞こえなくなったという逸話も。
 映画のラストで、辺り一面を覆い尽くすまっさらな雪のイメージに出会う瞬間、丁寧に重ねられてきたドラマが一気に氷解し、観客の心に深く染み渡っていくことだろう。それは一冊の豊穣な小説の読後感に似た充足感。(瑞)
●Le battement d’ailes du papillon

●Liste d’attente

●A l’est de la guerre 

 1938年11月、ナチス・ドイツに占領されたオーストリアは、ドイツ軍のために戦うことになる。終戦50年を機にウィーンで初めて開かれた、ドイツ陸軍の東方(ソ連、ユーゴスラビア) 侵略についての展覧会を訪れる人々の感想を集めたのが、ルース・ベッケルマンの撮ったこのドキュメンタリー作品。大戦に参加したと思われる男性たち (70~80歳代) の微妙な表情の変化も見逃すまいと、ベッケルマンのカメラは容赦なく彼らに近寄っていく。
 展示された戦争の記録を目の当たりにして、「これは嘘っぱちだ」、「こんなことは知らない」という人、「こうするより仕方がなかった」と事実を肯定する人とさまざまだが、彼らの口から軍が犯した罪を反省する発言は一切出てこない。「一介の兵士に何ができた?」と責任を転嫁する前に、「二度と繰り返してはならない」という勇気はないのか…。オーストリアでハイダーが率いる右翼政党がのさばる今日、彼らは相変わらず「一介の市民には何もできない」と首を振るだけなのだろうか?(海)