没収されたユダヤ人財産の行方。

 第二次大戦勃発時、フランス在住のユダヤ人は約33万人いた。ナチス占領地域に16万人、そのうちの75 721人が強制収容所に移送され生還者は2500人だった。
 ヴィシー政府によるユダヤ人強制移送に加え、ナチスは41年にドイツ軍を襲った爆弾テロへの報復措置としてヴィシー政府に”アーリア人種”(ナチスが白人の純粋種と想定した人種) 法を発布させた。以来ユダヤ人財産の没収が徹底化し、彼らの社会・経済的抹殺が推し進められた。
 97年ジュぺ前首相がマテオリ調査委員会に依頼した、ユダヤ人財産没収調査の結果が4月17日に発表された。没収総額を当時の52億フラン(現在の価値で88億F)と算定。同委員会が指摘しているように、「この問題は財産没収という金銭問題である以前に、ユダヤ民族絶滅のもうひとつのかたちであった」のである。

 ヴィシー政府は”アーリア人種”法に基づきユダヤ人経営の企業・商店約6万2千社の不動産を売却、会社を清算し約30億フランを国有財産行政庁の管理下に置いた。金融関係ではユダヤ人の預金8万口座と6000個の貸金庫、60億フラン(現在の103億F)にのぼる債券を封鎖。生命保険に関してもユダヤ人被保険者の割り出しが不可能になっている。さらに調査を困難にしているのは、国有財産行政庁が70年代に火災に遭いほとんどの記録文書が消失していること。そして同行政庁は終戦前に2/3の没収債券を売却、ユダヤ人宅から強奪された動産も53年にすでに売却している。また、強制移送前にユダヤ人を一時収容した仏収容所での没収金は約2億フランにのぼる。以上の没収総額の90~95% は終戦直後に所有者、遺族に返還されたという。
 没収した美術品は10万点にのぼる。戦時経済最高責任者ゲーリングが、ジュ・ド・ポーム美術館に集められた名画を誇らしげに見て回っている姿(Liberation: 4/18)は、ナチスの傲りそのものといっていい。終戦直後そのうちの6万点がドイツから返還され 4万5千点が所有者に返却されたが、1万5千点は引取り人がなく、残る4万点も行方不明になっている。
 マテオリ委員会は今後、没収目録のマイクロフィルムの閲覧を可能にし、仏美術館、諸外国と協力し行方不明の美術品の調査、解明を進め、金融機関で眠っている預金口座や生命保険の割り出しを急ぐことなどを政府に提言。4月17日、ジョスパン首相は”歴史、教育、犠牲者への連帯” のためホロコースト犠牲者基金の設立と、金融機関が保有する没収金24億フランを同基金にあてることを発表した。

 95年ヴィシー政府のナチ協力を国家の責任と認めたシラク大統領の言葉「フランスがユダヤ人犠牲者に負っている時効のない負債」への金銭と美術品の返還、犠牲者基金設立という、国家としての改悛のしずくがどこまでユダヤ人犠牲者、遺族を癒してくれるだろうか。(君)


ユダヤ人財産没収目録

52億F (88億F) 没収総額

30億F (51億F) 会社清算・不動産

60億F (110億F) 預金・債券封鎖

69 019件 アパート略奪

100 000点 美術品

8 000台 盗まれたピアノ

(6000台が未発見)

*( )内は現在価値 (換算率は41年の1F=現1.7F)。(Liberation : 00/4/18)


ジュ・ド・ポーム美術館にストックされていた没収美術品。


ジュ・ド・ポーム美術館のゲーリング