●ベルナール・コンスタンさん
地下鉄で演奏をし始めて20年という大ベテランだ。6歳でピアノ、11歳でトランペット、15歳からは歌の勉強をした。若い時から祖母の経営するダンス
ホールでバンドの指揮者をつとめていた。30年前からアコーデオンも弾き始め、いつのまにか、トランペット、トロンボーン、太鼓も加わり、地下鉄構内で
「ワンマン・オーケストラ」を始めていた。長年の経験から、効果的な演奏場所と時間をよく心得ている。「エスカレーターに乗り、一息ついた時に音楽が聞こえてくる。
「20年前は、笑顔で聞いてくれる人が多かった」
通路を歩きながら小銭を準備し、その小銭を入れて通り過ぎた後も音楽が聞こえてくる」 そんな理想の場所を、エトワール駅のエスカレーターと通路の途中に見つけた。金曜日は必ず演奏をする。「通勤者は週末を前に心が軽やかで、財布の紐もゆるむから」 お金をくれる人は100人に1人の割合だ。
「馴染みの客をつかむことが一番大切」 見ていると、親しそうに声をかけていく人が何人もいる。そのうちの一人の女性は「地下鉄であったのが縁で、娘の結婚式のパーティーで演奏をしてもらった」と語ってくれた。
ただし20年前に比べると「表情がかたくて閉鎖的な人が増えた。昔は笑顔の人が多かった」と嘆く。「お金を置いていく人は心がおおらかで、自分の感性で物を判断できる人間が多い。もちろん中には貧しくてかわいそうだからとか、自分のエゴを満足させるためにだけお金をくれる人もいるけれど」
「自分の音楽を楽しんでもらうのが一番の喜びだ。そのうえリラックスしてもらえたら…。だから自分自身の精神状態を無心にするように心がけ、食べ物も自然食主義。レストランやホテルでの定期的な仕事の依頼があっても引き受けない。自分のスタジオで音楽家の息子や妻と、録音や作曲活動をする時間がなくなってしまうから。地下鉄はいつでも好きな時に演奏ができるからいい。自由な時間と心が保てるし」
白髪の老紳士がコインを帽子に入れていく。「もう午前10時。今日最後のお客さん。帰る時間だ」 時計を見ずに時間が分かる。いつも同じ時間に通勤する長年の常連の一人が過ぎ去っていった。