パリで一番大きなコンサートホールは地下だった。
一日の利用客が900万人というパリのメトロ。その膨大な数の観客を魅了しようと、地下鉄に現れるミュージシャンは約600人といわれている。その半数がRATP (パリ市交通公団) 公認のミュージシャンだと知ったのは、つい最近のことだった。
知人の琴演奏家が、フランス人にもっと琴を聞いてほしいと、地下鉄での演奏を思いたったのは昨年のこと。オーディションを受け合格し、100フランの申請料を支払い、許可証とバッジをもらい、パリ市内の地下鉄で演奏を始めた。彼女は「いろいろな出会い」を楽しんでいる。
現在許可証を持っている300人のミュージシャンの60%が外国人。シャンソン、アコーデオン、クラシック、ジャズをはじめ、南米音楽、アフリカ、オリエンタルと幅広い世界の音楽を聞くことができる。
毎日定期的に演奏をして生活の糧にしている人、コンサートのオフの日を利用してたまに来る人、定年退職後の趣味としている人…いろいろな思いでやってくる。地下鉄の通路で知り合ったレコード会社の人にスカウトされてデビューした音楽家、オランピア劇場を借り切って一大コンサートを企画したミュージシャン…さまざまな人生、さまざまな音楽が地下で奏でられている。
( 文と写真:角井尚子)
ジャンさんは、60歳で定年退職後、パリから 500キロの田舎に移り住んだが、パリでないと創作意欲が湧かない。
奥さん一人を田舎に残して、この9年間、ひと月のうちの一週間、パリの地下鉄に演奏をしにやってくる。
朝5時から夕方まで一日中、アコーデオンとバンドネオンを満喫している。地下鉄の通路で録音したカセット(60F) からは、足音や笑い声も聞こえ、ライブな「パリの音楽」が伝わってくる。
地下鉄はミュージシャン同士が出会い、情報交換する場でもある。今までソロで演奏していた3人がいっしょになってエスニックジャズの即興が始まった。
カメルーン出身のバラフォン奏者三人組。軽やかな音色に通行人の足が止まり、子供達は踊り出し、観客同士の会話も自然に始まる。火曜日から木曜日、レピュブリック駅や
サン・ラザール駅で演奏する。