素材、手触り、流れる時間。

おっと失礼。じっくり考えごとのできそうな黒塗りのトイレで、錬金術の本を読むファウスト君。壁に並ぶのは彼の作品、”生きた聖遺物”。

 エコール・ド・パリの画家だったお父さんはイタリア人、お母さんはフランス人というアーティストのファウスト君はパリ生まれ。7歳の時、お父さんの生まれ故郷イタリア、自然に恵まれたトスカーナ地方のラ・ヴェルナに家族で引っ越した。およそ10年前からパリに住むファウスト君、今度は彼が生まれ故郷に戻って来たわけだ。
 植物園からほど近い45m2のアパートには、隅から隅まで彼の手が加わっているのがよくわかる。壁、扉、棚、素材感の残るディテールは”飾られた”のではなく、彼が”触れた”という感じ。
 去年の秋にはドイツのダルムシュタットで作品を発表、今年もすでにミラノのギャラリーと話がまとまったというファウスト君。作品を少し見せてもらった。彼はいつも樹脂を使って仕事をしている。物質を樹脂で覆う。時間を吸い込みながら液体から個体へと変化する樹脂。物質もまた、樹脂に触れたことで変質していく。彼にとってこの素材は、永遠に変化し続ける物質世界を象徴しているようだ。過去に作った作品にもさらに上から樹脂の膜を重ねていく。「一生続けるんだよ。」

蚤の市でみつけたビデ。
娼家で使われていたもの。

 シリーズで制作する”生きた聖遺物”は、小さな金属の箱に身近な人たちの一部を樹脂で閉じ込めるというもの。化粧品、毛髪、唾液、尿…「僕にとって、アートは女性的でかつ男性的。その中で、素材は精液のようなものかな…」まさかファウスト君、そこまでやってしまったんじゃ…。そう。金属の小箱の中に硬直させられた彼の精液を、私は目の前にしていたのであった。

(仙)

Les Arenes de Lutece

 この近くで好きな場所は? ファウスト君に聞いてみた。イタリア料理の穴場的レストランの名などを密かに期待していたら、”ルテティア円形劇場”との答え。それどこ? すぐそこだよ。いい所だから行ってごらん。教えに従い駆けつけた。
 ガロ・ロマン時代、紀元2世紀に建てられたその劇場はパリで最も古い建造物だ。このあたり一帯の地下から掘り出された石灰岩でできていて、そのために植
物園からヴァル・ド・グラス病院までの地面の下はスカスカだそうだ。また石灰岩をよく調べると、貝の化石、キョウチクトウや椰子の葉の生痕がみつかる。何
千万年も前、パリは海だったり熱帯だったりしたことがあったのだ。
 古代には猛獣と人間の闘い、はたまた悲・喜劇が上演され、そして今日、雪のちらつくなかを子供たちがサッカーで遊んでいた。

(仙)