
パナヒ監督、世界三大映画祭制覇。
カンヌ映画祭最終日の5月24日、カンヌと周辺の街一帯で、発電所への放火が原因と見られる大停電が発生。閉会式への影響が懸念されたが、無事に滞りなく実施された。カンヌは2年前にも停電予告があり、この機に発電機を設置している。とはいえ、離れた上映会場では丸一日上映がストップするなど、映画祭全体での被害は甚大だった。

最高賞のパルムドールは『Un simple accident』を監督したイラン人ジャファル・パナヒの頭上に輝いた。これまでベネチアでは『チャドルと生きる』(2000年)、ベルリンでは『人生タクシー』(2015年)が最高賞を受賞しているため、これで世界三大映画祭を制覇したことに。カンヌ映画でのイラン映画の最高賞受賞は、アッバス・キアロスタミの『桜桃の味』(1997年)以来、28年ぶり。拷問者を拉致して復讐を試みる人間が登場するが、状況は刻一刻と変化し、被害者と加害者の垣根は溶けていく。審査委員長のジュリエット・ビノシュは、「人間的で政治的。本作を最高の場所に置くのが大切だと考えた」と語った。

2席のグランプリは、ノルウェーの俊才ヨアキム・トリアーの『Valeur sentimentale(Affeksjonsverdi)』。映画監督の父が、疎遠である俳優の娘に出演オファーし、映画作りを画策することから動き出すファミリードラマ。前作『わたしは最悪。』で主演のレナーテ・レインスヴェがカンヌで女優賞を獲得したが、今回も再び手を組んだ。監督はこの受賞を、レジスタンスの戦士で、映画監督としてカンヌにも参加した祖父エリック・ロッヘンに捧げた。
審査員賞は下馬評で熱狂的な人気を引き起こしたスペイン人オリバー・ラクセ監督の『Sirât』と、ドイツ人女性監督マーシャ・シリンスキー監督の『Sound of Falling』が同時に受賞。二者とも野心的な映像表現で強烈な印象を放った。ともに1980年代生まれのヨーロッパの映画作家である。

監督賞はブラジル人クレベール・メンドンサ・フィリオの『L’Agent secret (O Agente secreto) 』。本作は主演のワグネル・モウラの男優賞に加え、FIPRESCI(国際映画批評家連盟)も受賞。70年代の軍事政権下ブラジルを舞台に、研究者の男性が腐敗した高官らに命を狙われる。犯罪スリラーの逸品で、必ずやオスカー戦線でも台風の目になるだろう。主演のモウラはロンドンで撮影中のため授賞式は欠席したが、記者会見中に監督が彼に電話をかける一幕も。携帯画面上に現れたモウラは、「一人でワインを飲んでいる。みんなと祝いたかった」と語り、場を和ませた。

脚本賞はダルデンヌ兄弟の『Jeunes Mères』。社会的弱者の物語にこだわるベルギーの巨匠は、今回若いシングルマザーたちの群像劇を練り上げた。会見ではカンヌでの受賞回数を聞かれ、その場で数えたら9回目だった。(脚本賞2、パルム2、グランプリ1、監督賞1、特別賞1、男女の俳優賞各1)。

女優賞はフランス映画『la Petite Dernière』(アフシア・エルジ監督)に主演のナディア・メリッティ。映画初出演ながら、イスラム教徒で同性愛者というアイデンティティに揺れる17歳の女性を自然体で演じた。
特別賞はビー・ガン監督による2時間40分の壮大な映像絵巻『Résurrection』。脳手術後に半覚醒の状態で目覚める女性が登場するディストピア風映画で、賛否両論を巻き起こした。ビノシュは審査員長の特権で本作を推したことを告白。「“オヴニー(UFO)”のような作品」と語り、中国の若い才能を賞賛した。

今年は日本人監督の作品も多く選出。世界の映画学校の作品が集まるラ・シネフ部門では、ENBUゼミナール出身の田中未来監督『ジンジャー・ボーイ』が3席に入選。また、批評家週間に出品された在仏の瀬戸桃子監督のフランス映画『Planètes』は、国際批評家連盟賞を受賞。新しい才能の登場を目撃できた。(瑞)
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カンヌ2025 受賞結果
●最高賞パルムドール Palme d’or
『Un simple accident』ジャファル・パナヒ監督
●グランプリ Grand Prix
『Valeur sentimentale』ヨアキム・トリアー監督
●審査員賞 Prix du Jury (ex-æquo)
『Sirat 』オリバー・ラクセ
『Sound of Falling 』マーシャ・シリンスキー
●監督賞 Prix de la Mise en Scène
『L’Agent secret』クレベール・メンドンサ・フィリオ
●脚本賞 Prix du Scénario
『Jeunes Mères 』ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ監督
●特別賞 Prix Spécial
『Résurrection』ビー・ガン 監督
●最優秀女優賞 Prix d’Interprétation Féminine
ナディア・メリッティ『la Petite Dernière』(アフシア・エルジ監督)
●最優秀男優賞 Prix d’Interprétation Masculine
ワグネル・モウラ『l‘Agent secret』(クレベール・メンドンサ・フィリオ監督)
